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モノ・ケージロー
波田のコダワリ愛用品を密かに公開!

MONO KEIJIRO

PV-BV TOP > MONO KEIJIRO > No.001〜050

No.050 キッチン吊り下げ大魔王!


  

この道具の正式な名前はわからない。そこで"キッチン吊り下げ大魔王"と呼んでいる。とにかく収納力は、この容積にして絶大な威力だ。だいたい世の中に、吊るして収納するモノ、ましてやこんなに多量なモノを吊るせるなんて、そうはないだろう。クインクック1、5セット。グリルパン(旧AМ製品)3個、オタマなど様々な調理器具類。時々バナナなどを吊るすのだ。もし、この量のモノが棚に入っていたら、おそらく引っ張り出すのに一苦労。でも吊るしてあるので楽々にすぐに使える。また洗い終わった鍋も多少、湿っていても自然乾燥を期待出来るのも有り難いぞ。 時々、考えるが毎日、こんなに沢山のモノモノをブラさげられて、重くないのかナァ・・・・・・・ご苦労さんです。 DULTON 製 1万円ちょい・・・・付けている家を見たことが無い。


No.049 暖炉 フロム 沖縄

《時計仕掛けのオレンジ》という映画をご覧になったことがあるであろうか。70年代のバイオレンスモノの走りのような映画だ。ストーリーは結構、過激だったのだが、そこに登場する未来的な車やファッション、そしてインテリアが相当にカッコよかった。

   

その映像の中で"モダンな暖炉"を発見した。暖炉というと通常は豪勢な石、大理石などで壁に据え付けられていて、ブルジョアな家の象徴のようなモノ。大金持ちのオジいさんがロッキングチェアーに座り、葉巻をくぐらせながらブランデーを飲む・・・・がイメージだったが、この映画でお洒落な家には無くてはならない必須アイテムだということがわかった。ミッドセンチュリー的な家具にドンピシャと合うようなモダンなデザイン・・・・それ以来、目黒通りどころか全国のアンティーク・ショップで探し回ったが、そんな代物は全く出てこない。時々海外のインテリア雑誌では見かけるのにナァ・・・軽く5年以上は探していたと思う。アンティークショップのバイヤーもそんなモノを見たことが無いと言う。その映画自体が空想の世界で登場する車もオリジナルだったから、実際にはそんなモノは存在しないのかなぁ・・・・と、あきらめかけていた時に沖縄で発見した!!!それはアンティークショップでもない!米軍関係者の家でんない!! なんと友人・上地博信の家だった。その瞬間に "あったぁ〜〜〜!!!!"と当然に叫んでしまった。 "ウエチっ!頼むから売ってくれ!!""駄目に決まってるでしょ!"(そりゃそうだぁ・・・)・・・この押し問答が一年以上は続く。そんなものでは、まだまだ、あきらめられない!脅迫状めいたメールも出した気がする。 そして、ある時に上地家の主導権を持つ妻・ミカ様がアンティークのロレックスが欲しくて探していると聞いて、ボクの宝物の一品(推定60年代のオイスター・パペチュアル、ボーイズサイズの程度極上品)を送って暖炉と交換を希望したら、ご納得いただいて、晴れて東京の我が家にやってきたのだ。素晴らしい!!!ブラボォー!! 見てください。このチャーミングなラインを。そしてインテリアとしてもパーフェクトじゃないですか。 お気に入り中のお気に入りです。 ウエチっ!!有り難うございます。ミカちゃんの右腕にいつも輝くセンス抜群なロレックスを見ると、いいトレードだったなぁと痛感しています。  (後日、上地家にはちゃんと別の暖炉がどこかからか探されて置いてあってビックリ!!)


No.048 アメリカ製・窓のファン(扇風機)


 

下田のビーチハウス《オキラクハウス》は海の前にあるので、気持ちが良い風が吹き抜けて、意外や意外、一年中、エアコンは不要なのだ。とはいえ年に数日、無風で暑い日がある。しかし、やはりエアコンは使いたくは無いという時に大活躍なのは、このアメリカ製ウインド・ファンなのだ。薄くて窓際に置くだけ! もの凄い強力な風を引き込んで室内を爽やかにする。 吸うのが相当に強力なせいか、近隣で飛び回る蚊や虫を吸い込んで、網戸にそれらが張り付いているという可愛い惨事となるのだ。昨年の思いっきり暇な日に、分解掃除してペイントを剥がしてキレイに塗りなおしたら、ピッカピカになって嬉しい。 これ沖縄の上地がプレゼントしてくれました。

 


No.047 NY ツインタワーの想い出。


 

あの2001年9月11日の悲劇から6年が経つ。丁度、その年の春先にニューヨークを訪ねた。何とも豪勢な旅でAМ社からというより、リッチからの招待でボストンの郊外のリゾート地であるナンタケットを訪れていた。KENNEDY家の別荘があるほどの素晴らしい場所であったし、宿泊は豪華クルーザー"エンタープライズ号"だ。(35億円するらしい。)それは、それは豪華な素敵な時間であったが、我々ガイジンには暇すぎる場所だった。そこで船長に提案。『ここは素晴らしい場所ですが・・・ニューヨークに遊びに行きたい!連れて行って下さい!』とのあまりにも身勝手な提案に船長は『了解しました。リッチからお客様の満足がいくようにと言われておりますので今しばらくお待ちを!』との返答。その数時間後には、全てが整いました。今夜、出航して皆さんがディナー、パーティー、そして就寝している間に走り抜けて明朝にはニューヨークです。多少ゆれる可能性がありますが勘弁下さいませ。』との返答。(この全てが整ったという意味が深く、船の入港場所の手配、フォーシーズンのスイート4部屋、各自のリムジン、おまけにミュージカルのプラチナチケットを並びで8枚、とびきりゴージャスなアランデュカスのレストランの予約・・・を指しているのだ。だいたいボストンからニューヨークまで船でカッ飛ばしたって8時間以上はかかる。)・・・・そして翌日、朝日がまだ空に赤みを残す時間にエンタープライズ号はハドソンリバーからManhattan島を右舷に見ながら下り、最後にはこの写真と同じツインタワーが見えて来て、感無量になった記憶は鮮明だ。参加者は全員、デッキに出て大富豪の気分を味わっていた。そして朝日がツインタワーに当たりキラリと反射したのを覚えている。その旅行の時に、道端で行商していた露天商の写真の中に、この三点があり、無意識のうちに購入した、この写真はもう現実には無い、その時の"想い出"の象徴になっている。世界が平和になって欲しいと写真を見る度に思うのだ。


No.046 AМ社の製品"セントリー・キーホルダー"


この2分割可能なキーホルダーはなんとAМ社製品で20年近く前の製品案内に登場していた。当時製品数も少なくて洗剤とシャンプーそして、こんなアクセサリーを売るしかない恐ろしい時期の製品だ。ディストリビューターは彼女の誕生日には迷わず、これらの製品をプレゼントして嫌がられたもんです・・・・。>^_^< 

   

その80年代アメリカ的なファッション・ジュエリー・シリーズでお気に入りだったのが、この"セントリーキーホルダー"だ。 2分割出来るので車のエンジンをかけながら、家の玄関ドアーの開閉とか、何故か重宝するのがこのキーホルダー。思い起こせば20年使っている!! (相当に物持ちが良いけど壊れない。) しかしこのリングを通過した鍵の数は半端じゃない!! 自動車は30台以上、家とオフィス、別荘で10軒以上。考えてみれば"波田の歴史"をライブで見て管理してきた有難いキーホルダーなんだなぁ。 赤いアルミニウムの板は"靴べら"です。 これからも、壊れる兆候も何も無いので、相当に長い付き合いになりそうだ。 A6266A セントリーキーホルダー 1760PV DC2700 小売価格3600円



No.045 マイ・箸

マイ箸は世の中のブームになっている。割り箸を止めて自分の箸を持つ意味がわかりますか。単純に樹木を切って"箸"にする事は、天然資源を壊す事。日本の割り箸の殆んどが、中国産で、中国の森林伐採問題は深刻。要は少しでも止める事で樹木が切られなくて済む・・・そして割り箸はゴミとなり、ゴミを燃せば二酸化炭素を排出する。それは温暖化に繋がる・・・ものスゴい、少しの事だが、少しの事から始めなければ何も始まらない! あと割り箸製作時の強力な漂白剤もイヤだし、第一に割り箸で食べる食感とマイハシの食感は明らかに違うのだ。昔、割り箸を使っていた韓国は今では国の政策で禁止になったとも聞く。 お店でも割り箸を使わないで、毎回、洗う箸にしたらどんなに良いかと思うが(最近は居酒屋チェーンのワタミも割り箸を廃止と発表。)・・・・・この、マイ箸は使う貴方が一番気分が良いですよ。 兜コ左衛門 0120−194−846 福井県小浜市福谷10−16 http:/www.hyozaemon.co.jp この写真の製品名は"八四郎"といい本格的モバイル箸として売られている。(特許権登録願)クルクッルっと回すと二分割の優れもの。 天然木に表面は漆塗装がしてある。 値段は7000円前後、廉価版もあるみたいです。

No.044 マリーサの彼氏!! ついに日本上陸。"マーカス&マリーサ"


  

3年前の、あるハワイでの休日の昼下がり、アラモアナ・ショッピング・センターの高級デパートのニーマン・マーカスのチョコレート売り場で出会ったフラダンス人形(マリーサと命名)に完全な一目ぼれをした! ディスプレイ品で売り物ではなかった彼女を持ち帰るには、結構な根性を必要としたので達成感はものすごかった。しかし実は、その時に気がかりがあったのだ。マリーサには相方(たぶん彼氏)がいたのだが、持ち帰りの都合上、引き離してマリーサだけを譲ってもらったのだ。 正直、三つの理由から引き裂く結果となった。@二人の持ち帰りは物理的に無理!帰国前日で配送も無理。 A圧倒的にマリーサが魅力的だった。 B彼氏が・・・・・ハンサムだった。(これってスゴくて普通、こんな事を言ったら語弊があるがハワイアンな人形はサモア系が多いせいかチャーミングさに欠けた岩窟王的顔立ちが多い。・・・・ジェラシー!!) 持ち帰り下田の家のリビングに飾ったが、しかしマリッサを見るたびにだんだんと可哀相になってしまった。オレはなんて事をしてしまったのだ・・・次回、ハワイに行ったら絶対に彼氏を買って帰ろうと決断していた。しかし友人がニーマン・マーカスに行くと、もうなかったとか、売ってくれと頼んだら拒まれたとか・・・・結構、心配していたんだよ〜〜そして先日、三年ぶりのハワイで初日にニーマンマーカスを訪れて早々にチョコレート売り場へ!!! 『ウワァァァァ〜〜彼氏が何処にもいない!!!』 そして二人の店員のうちの"いい人"そうな男に下田でボクとマリーサが写っている写真を見せて三年前に購入した旨を説明。是非、"ボーイ"を譲って欲しいと嘆願!!するとその男はニヤリと笑い、裏に入っていった。待つ事、5分でマネージャーと部下らしき男が向こうからやって来た!! なんと腕にはマリーサのボーイフレンドが抱えられている。そして、そのマネージャーは、一言 "お待ちしてました! アナタが必ず戻って来ると思っておりました。是非、連れて帰って下さい!"と言ったのだ!!!!! 感激したよ!! そして彼氏も厳重に梱包されて旅支度をしてもらい、一緒にボクと下田に帰ったのだ。 晴れて下田でのご対面が行われた。二人置いて帰るとき、なんだか二人とも照れくさそうにしていたように感じた。・・・・・・・・彼氏の名前はニーマンマーカスをリスペクトして"マーカス"に任命! (重ねて帰ってベイビーを期待するかなぁ・・・)


No.043 快速"下田号"ダイハツ・アトレイ


伊豆の田舎町、下田で外車に乗っていると、何故か心地が悪い。なんだか地元民に相容れない気がするのはボクだけであろうか。下田には一台、地元用にクルマが置いてある。駅の送迎に、買い物に、温泉に入りに、八百屋に買出し、観光に、別のビーチに海水浴に、食事に、酒飲みに、ゴミを運搬したり・・・とにかく都会のクルマに較べて活躍の幅が相当に広いのだ。こんな働き者のクルマを見たことが無い。このダイハツ・アトレイはちなみに10万円ポッキリであった。

      

波田が"かつて購入した品物10万円の部"ではクインクックウエアと同等に、本当に価値ある買い物であった。大事にはしているが、車内は砂だらけ、ボディーには穴ボコ、カセットもFMラジオも無く(従ってiPoDも使えない。)ラジカセを設置。一応、花びんが設置されていて綺麗なお花が飾ってある。田舎町・下田でもこの車以上に汚い、老朽化した車に出くわした事がない。 ちなみに波田は普段の買い物にアメックスのプラチナカードを使っているが(年会費10万円・・・)このクルマでスタンドに行ってカード払いでと言うと、必ずガソリンスタンド店員は@プラチナカード Aオレの顔 Bクルマ の順番で凝視されるのは気のせいではないと思う。しかしこのクルマで皆でドライブに出ると、とっても一体感が出るのは、この車内が狭いからであろうか。とにかく本当に"イイヤツ"ですよ! 平成二年生まれの16歳、メーターでは15万キロを走破!(遠乗り無しに15万キロってスゴイ!) まだまだ波田に仕える予定です。  

   


No.042 友情の証、びっくりこいた秘蔵のMD三本組

これは衝撃的な驚きであった。この三枚のMDは波田の青春を象徴するような70年代、80年代の大好きな曲のオンパレードだ。たまたまラジオでかかったり、誰かの車中で聞いた昔懐かしい曲をキッチリとメモしていたのだが、そのメモに載っていた約50曲を岩渕哲哉(現在は沖縄在住のD)が知らない間に、かき集めて編集してくれたのだ。それは、たしか6年前の誕生日。下田の“ごろさや”というお気に入りの居酒屋で、みんなでボクの誕生日当日に下田の海でサーフィンした後に寄って“宴”をしたのだが、その時に岩渕を始め数人の友人が出費して作ってくれ、このMDを渡されたのだ。そして今でも大切に聞いている。(今でこそダウンロードしたりすれば、そんなに経費はかからないかもしれないが、当時は無い音源はレンタルしたり、購入したりと相当に苦労したらしい。)今でも70、80年代の曲は本当に美しいメロディーが豊作したといわれ、様々なカバーも出ているが、どれも本当に素晴らしい曲ばかりなのです。・・・・音楽って、そんな良い思い出のある時代にタイムスリップ出来るから素敵だなぁ。

No.041 35,892人の署名と心温まる手紙


 

これをモノと片付けていいのであろうか。 しかし間違いなく宝物である。 こ の2月の始めから友人・ミネ君の母さんが、わずらったガン(GIST)の治療薬を日本の厚生労働省に承認してもらうための署名活動を始めた。 最初はミー ティングで呼びかける程度であったが、仲間にメール配信したところ、山崎拓巳 FCAを始めとして多くのハイピンの方々の協力で、どんどんと話は広まり、 GIST患者の家族会のホームページは一日数件のアクセスだったのが、イッキ に数千アクセスに膨れ、結果、期限の2月25日の時点で35892人を突破!! 郵便ポストは爆発状態。宅配ボックスは貸切状態!とにかくAМ関係者 の温かさを感じさせてもらいました。 お手紙も思わす涙してしまうものあ り・・・・伝達の恐ろしさを感じたのは”波田さんのガンの早期回復を祈りま す・・・” オレは大丈夫だってさぁ!!(*^_^*)  とにかく勇気をもらいま した。 早々に集計して《患者の会》に提出します。 このお手紙はミネ君のお母 さんにお渡しする予定です。 こんな励ましの手紙読んだら、病気なんてフッと んじゃかもね!!  皆さん、本当にありがとうございました。


No.040 ウッフッフ! "絵日記&アイデア・ブック"・・・そしてペンケース!


 

 

沖縄のアウトレットモールでロイヤルコペンハーゲン(北欧の高級食器屋)に入った。その日は余程時間があまっていたのだろう。普段、間違っても入る店ではない。そこのカウンターに置いてあった、何気なく手に取ったオリジナルのノートがとても良かった。形は正方形で、シオリのヒモが三本になっている。なんとなく購入して、なんとなく極太サインペンでお絵かきを始めたら、楽しくなった。面白いもので、気に入った景色とか、皆で食事をしている光景とかを写真で撮るもいいけれど、絵で書くと後からの印象も全く違うし、また細部への着眼点が面白い!! また拾った葉っぱとか花も貼り付けてみたけど、これまた面白いぞぉ!! ひらめいたアイデアを書いたり、ひらめいた夢を書き込んだりと楽しみは尽きない! おれの脳の中ってこんなだったのかぁと驚く。そして色鉛筆と太ペンをしまって携行するケースが欲しくなり随分と探して選んだのがコレ! 只でさえ旅先での荷物が多いのに益々多くなったのが悩みの種だ。決して人に見せる程の"絵日記"ではないが、思いつくままを書き込むと脳内が整理されて気持ちいいみたい!


No.039 ノルゥエー製のアンティークのテーブル


 

人の家を見せてもらう度に、気になるのは"主人の居場所"だ。必ず、何処が一番、居心地がいい場所なのかを聞いてみる。それはホームオフィスの書斎のデスクであったり、リビングの片隅のオットマン(足置き台)の付いた椅子であったり、多くはリビングのソファーよりダイニングの決まった場所である事が多い気がする。さて今回ご紹介のダイニングテーブルは非常にオーセンティック(基本的)なスェーデン製のテーブルだ。おそらく生産は70年代、目黒通りのアンティークの店(アクメ)で捜した。アシが中央に集結しているので、四隅にアシが無い。ということは多人数が座る事が可能だ。(角に足があると角地が座れなくなる。)そして二枚の真ん中に入るエクステンション(中継ぎ)があるので、1メートル程、伸び縮みが可能で大人数にも対応出来る。人がダイニングテーブルに何を求めるかは個々違うであろうが、ボクの欲求は完全に満たしているのがこのテーブルなのだ。 椅子はタイム&スタイルで選んだ。これまた僕の場合、椅子にはソデ(ひじかけ)がある事、清潔感がある事がテーマ。白の綿のカバーリングの椅子を随分探してタイム&スタイルで発見。クラシカルな喫茶店の銀座ウェストに行くと椅子に白いコットンのカバーがキッチリかかっているのが印象的で、その空気を出したかった。(この椅子は相当にお気に入りで最近手がけた友人、知人の家のリフォームに導入して喜ばれた。)やはりイタリア・モダンなスタイルだと短足日本人にはダイニングにはいまヒトツしっくりとこないのだ。イタリア製ダイニングチェアーは平均的身長のイタリア人が靴をはいての長さで快適なモノが計算されていると思う。だから平均的日本人の足の長さ、かつ靴を履かないサイズで快適に長時間というのが無理があるのだと考える。そんな椅子は確かに見た目にはお洒落であるが、中々、落ち着かないと感じるのはボクだけかなぁ。(特に波田の場合、4時間も5時間もダラダラと話し込みながら飲み食いしているからねぇ。)最大で20人までは食事が出来るのでホームパーティーの時は本当に重宝しているし、そんな平和な空気の真ん中にいて、とても幸せなテーブルだと自負しています。現在は野毛の家で暮らしています。今日も沢山の人の中心にいて・・・・・・・・・・ アンティーク家具 "アクメ"にて購入。 値段は15万円位だったかなぁ。既に11年使用。益々雰囲気は良くなっている。(それがアンティークの良さかな。)


No.038 マジック・シェフ社のオーブンレンジ

なぜか無骨がアメリカン・デザインが好きだ。使い勝手は決して良くは無いし(悪くないが正しい答えかなぁ。)何が良いの?と聞かれると・・・・デザインとしか答えが見つからない。しかしコレが一台、キッチンにあると迫力が違うのだ。一台目は下田の家を購入した時に元々から設置してあった。この家はアメリカ人が設計したので、この機種が付けられていたのだ。(当時はマジックシェフのガス台とGEの大型冷蔵庫はアメリカの家庭の基本セットであった。) それは最初から入っていたのでボロくなった部品をばらしてレストア(奇麗にする作業)して使っている。(ちなみにスイッチ類は老朽化していて汚かったが日本の代理店に連絡したら、なんと30数年前のモデルのモノなのに在庫で新品をキープしていて感動。)また、先日、東京の家の改築をしたときに、やはりガス台が老朽化していたので新しいものと交換するのに値段を調べたら、東京ガスの"ピピットコンロ"が22万円で、新しいマジックシェフが22万5千円だったので迷わずマジックシェフを導入。機能性などを考えたらピピットコンロが全ての部門において優れているが、やはりマジックシェフなのだ。最近はヨーロッパ製のガス台(ガゲナウ社・・・とか色々。)もあるが、やはり、しつこいが無骨な"マジックシェフ"が好きだ。未だに正しい理由はわからないが。

   


No.037 メルセデスベンツ380SL 1986年製

 

小粋なスポーツカーの代名詞はメルセデス・ベンツSLシリーズだろう。数少ないオートマチックが許せるスポーツカーである。最初は70年代の280SLを狙って数年探したが、気に入る車は見当たらなかった。(30台位みたなぁ。)しかし日常のアシと考えて、ひとつ新型(?)を友人から乗せてもらったら、その走りっぷりは二十年以上前の車とは考えられない俊足だった。そして探すこと数ヶ月、なんと探せばあるもので実走行距離たったの4045キロというクルマを発見。京都の大金持ちのジーさんが観賞用に購入(金魚じゃないんだから!)して18年間屋根付き駐車場で暮らしていたというクルマ。始めて見た時は、あまりの新車に近い程度の良さでビックリした。ドアの開閉バネはまるで新車(古い車はドアの開閉のバネで、その程度が想像つくのだ。) 皮のシートは新車のままで疲れはゼロ。当然エンジンルームも一切の汚れ無し。結局、相場を度外視した値段だったが安い買い物をしたと思っている。いくらお金を注ぎ込んでも、こんな程度の良い車には出会えない。そしてレストア(復元)して出来るものではない。ハードトップは取り外せて春から秋までは物置に入れて内蔵されたソフトトップ(ホロ)にしておいてオープンで走りたいときには開けるのだ。波田は洗車嫌いだが、この車の場合は別で乗るたびに洗車して乗っている。そんなピッカピカなSLがお気に入りだ。駐車場に停めて去るたびに振り返って眺めて、ため息をつく。フゥゥゥッ・・・・・・カワイイ。可愛い車は後姿が最高なのだ。これで深夜の都内をクルーズするとゴキゲンなのです。音楽は80年代っぽいソウルフルなのが合うかな!



No.036 バナナガード


バナナが好きである。好きに理由なんて無い。オヤツに、そして小腹が空いたときに、スポーツ時のエネルギー補給に・・・それも新鮮というより熟れまくって腐敗に大分近い、お店では商品価値が無くなり掛けた位が好きだ。腐敗は嫌いだよ!(バナナは事実、その位、腐敗に近い熟れ熟れがバナナ効果絶大らしい。) 一昨年、北海道のニセコでイリモト・チームとスノーボードを楽しんでいた。
   

俺たちはゲレンデではないコースアウトした樹木の間をカッ飛び新雪を滑り降りる事に喜びを感じるのだが、イリモトは防寒具とか電話をデイパックに収めて背負っている。あるとき、ポケットに物を入れるのがイヤで財布と携帯電話、デジカメを預かってもらった。防寒具などと一緒に"大切三点セット"はしまわれた。しかしそこにはイリモトも愛する生バナナ(なんのケース、袋にも入れていないそのまま。)が入っていたのだ。要は波田の大切三点セットとバナナが同居したわけだ。・・・・・そしてその日、イリモトは確かにバックパックを背にして転倒をしていたのを目撃していた。
まさか・・・・・昼に財布を返して貰った時には、財布の縫い目からご丁寧にカードの一枚一枚に至るまで潰れたバナナは入り込んでいた。縫い目に入った、まだ粘度の残るバナナは、それから2年位の間は財布を取り出す度に思いださせてくれる程にひどい事になっていた。その時にイリモトがバナナガードを持ち合わせていたら、こんな悲惨な結果は免れていただろうに・・・・・・最初にこのケースは北欧はスェーデンの雑貨屋で発見。ところがバナナガードだって言うのに色は白、グリーン、赤・・・・そんなのは駄目だよ!!黄色以外は眼中に無かった。その後ヨーロッパでいくら探しても黄色には出会わなかった。欲しい〜〜〜その思いはどんどん増殖!! そして結果見つけたのは、なんと玉川高島屋ショッピングセンター南館地下のキッチングッズの店であった。こんなキュートは専用ケースは中々無い。イチゴガード、メロンガードなんて考えられない。バナナを安全に快適にいつでも食べられるようにしてくれる画期的な製品だ。今日もこの"バナナガード"と旅をするのだ。


No.035 プジョー社のペッパーミル(胡椒引きマシン)電動タイプ

今回も前回に引き続きペッパーミルだ。波田は決してペッパーミルのコレクターではない。単なる偶然なのだ。前回のワインボトルタイプが"ギャグ系"だとすれば、今回は"真面目機能性重視の職人系"だ。出てくるものは同じ胡椒でも、その過程が違いすぎる。まず今回の電動式はモーター式で五段階に細かさが変えられる。大体、電動式のミルなんて見たことが無かった。サラダなどはザックリと荒めに引いたほうが雰囲気だし、魚のカルパッチョなどには細かいほうが良い。そして薄暗いキッチンやレストランのテーブルでも、どの程度の黒胡椒がかかったか分かるように電気の照明が付いていて、まるで懐中電灯の様に照らしてくれるのだ。この照明が超お洒落!!(なにせ単三電池六本も使っている。)スイッチに手触りとかミルの細かさの調整スイッチなどの感触が抜群。初めて入手してビックリしたのが、なんとこのプジョーペッパーミルを輸入しているのが"日本コーンズ&カンパニーリミテッド"(日本最古の貿易商社でフェラーリ、ロールスロイス、ベントレー、マセラティーの代理店)だった。恐るべし!ペッパーミル!値段は驚異の16500円。初めて値段を見たときには欲しいが買う値段ではないと思った。誰かがくれたらウレシイなぁ・・・・と思っていたらいただけました。望めば叶う!!(じゃなくて秘書の土岐ちゃんが皆でなにかお誕生日にプレゼントしたいが何が良いかと聞かれたので・・・・コレをお願いしたまでです。有難うございます。)毎食、胡椒をウィ〜〜ンとかける度に、豊かな気分になりますよ! たかが塩ラーメンでも豊かさが違います。ウゥイ〜〜ンです!

   


No.034 同じかけるなら楽しくゴリゴリ!! コレでなくても構わないがコレがあるから楽しい。


プジョー社のペッパーミル(胡椒引きマシン) フィンランドのヘルシンキにあった、とても健康的で洒落なレストランで胡椒をお願いしたら出てきたのがハーフの赤ワインボトル。"ええっ!!何だょコレは!"それがペッパーミルだったのだ。そして驚いた事に、その製品はフランスの自動車会社のプジョー社が製作しているペッパーミルだった。プジョーは自動車を製作する前にからこんな道具を作る専門メーカーだった。(実は先日、誕生日に同社の電動ペッパーミルをもらい大満足している。)そして、何としても、その赤ワイン型のミルが欲しくなった。途中の国々(ノルゥエー、スウェーデン、デンマーク、スイス)のキッチン用品屋で散々見たが無かったので、シャンゼリーゼのプジョーショールームに全プジョー製品(自動車から雑貨など)を買えるという事で行って見たら展示していない。(朝、ホテルのコンシェルジェに依頼して聞いてもらったら在庫はあるという事だった。)店員に聞いたら在庫は無いという。マネージャーらしきが出てきて聞いたら、やはり無いと!!!『だって朝、電話で問い合わせたらあるって言ったぞ!!!』と言ったら『あぁ電話いただけたお客様ですね。少々お待ちを!』ということで出てきたのだ。なんと!昨年の限定製品で既にしまってあってリクエストがあった場合だけ出庫していたが、この三個で終了との事。『ユゥーラック!!』と言われた。なんだか同じ買い物でも、そんな事を言われると嬉しさが倍増だ。サラダに、肉のソテーに、カルボナーラに!ゴリゴリする度にヘルシンキとパリと黒胡椒の香りが同時に立つのです。ゴリゴリ〜〜ゴリ。毎日毎日ゴリゴリ〜〜ゴリ!

     


No.033 夏だ!ビールだぁ! カン・クラッシャー!!


最初にこの機械(道具)を発見したのは京都の雑貨屋だった。見るからに何故か懐かしいデザインだった。そしてプラスティックなどの素材が主流をしめる雑貨の中で、珍しく鉄製で重厚な迫力のあるデザインだった。何だかわからず手に取ってから"缶を潰す機械"と知り購入。一点ものだった記憶がある。そして東京の家のキッチンに、その効果も期待する事無く、飾りとして設置。設置の際に、とてもヘビーなネジで4本締め付けるということだった。実際に使ってみったらビックリ。邪魔な空き缶がどんどんと10分の1位のサイズに小さくなってしまうのだ。これは便利!便利!お客さんが沢山来てビールを飲みまくってもゴミは至って縮小化されてしまうのだ。その後、また下田用に欲しくなりアメリカに行った際に買おうと思ったら全然、どこにも売っていないのだ。三日間は探したナァ。ホームセンター、キッチン関係の店、雑貨屋・・・・そして帰国の朝にお世話になっていた和田洋子さんが、"そうだぁ!!"と叫び近所のハードウェアハウス(日本で言うところの昔の荒物屋さん)に連れていってくれて、そこで見事に売っていた!!ものすごく嬉しくて全部購入。(三台、結構な重さです。) 日本に持って帰りビールマニアな友達に配布した。しかし美しく、そして便利です。作動するときの"グァッシャ〜〜!!"という音が気持ち良いの!! お試しくだされ!

     


No.032 GE社の冷蔵庫

冷蔵庫はGEと決まっている。これぞアメリカの象徴的な電化製品である。アメリカのホームドラマに出て来る冷蔵庫は例外なくGEである。これには日本製みたいな小細工が無い。ある意味で日本製の方が気が効いているかもしれないが、この雑っぽい仕切りが結局は使いやすいのだ。そしてこのデザインも素晴らしい。とにかく良き日のアメリカ社会を象徴するのがこのGE社の大型冷蔵庫なのだ。(偏見に満ち溢れた表現だがわかってね。)実際には信じられないくらい電気代がかかるみたいで今や廃盤となったが、先日、シンプルなコジマ電機オリジナルの日本の最後の一台を購入。東京の家にも入れた。冷蔵庫を開け閉めするたびにアメリカを感じる贅沢品です。この写真は下田《オキラクハウス》のキッチンのもの。一週間ぐらいのヒキコモリ生活は楽勝です!

No.031 人間国宝 市川歌右衛門氏の愛用のサイドテーブル

我が家の近所に歌舞伎役者で人間国宝の市川歌右衛門さんが住んでいた。ものすごい敷地の屋敷で庭には茶室やら池があった。(1000坪はあっただろう。)歌右衛門さんが死去して残念なことにその屋敷は相続税の関係で売却されてしまった。その際に屋敷を解体しているときに屋敷内入れてもらいリビングのマージャン台の横にこのサイドテーブルがあって、それを頼んでいただいたのだ。材質などはそんなに上等とは思えないが使い勝手、デザイン(左右のテーブルがフラップになっていて使わないときには小さく収納可能。少し老朽化していたので修理しようとニスを剥がしてパテ埋めをして・・・その時点で修理は頓挫した。色が決まらないのである。ということで気長にレストアします。シマウマ柄かなぁ・・。いやいや渋いカラーかなぁ。

No.030  "オキラクハウス"の全長3メートルのダイニング・テーブル

下田≪ オキラクハウス≫ のダイニングにふさわしい12人から15人が一同に食事を出来るアンティークなテーブルを探していた。新しいモノだと色々あったが、我が家はなにせ古めかしく新しいモノとの調和は難しい。そしてなかなか12人が一同に座れるテーブルは無い。散々探してやっと見つかった。おそらく数十年前の作業台として使われていた品物だったのだろう。店はアメリカ物の専門店"ギャロップ"だったのでアメリカ製と安易に憶測。色(ペンキ)が多層になっていて、それが感じよく剥がれてブルーの部分と薄いイエローの部分がいい感じで残っている。とにかく作業台であったせいか傷とか熱い物とか何も気にしないでオッケー。古傷が多数あり、それが"味"になっているが素敵だ。天板が乾燥して出来た自然の反りやスジの間に朝食時に食べこぼした"釜揚げシラス"などが落ちて乾燥して風化しているのだ。不思議と熱いものをそのまま載せてもなんの傷害も無く、一切の気遣いが必要ない素材なのだ。時々、雨の日はネットをはって変形した卓球台として皆で遊んでいる。このテーブルを中心に毎晩、"宴"が繰り広げられて常に笑いの中心にいるので、とても素敵なオーラが植え付いている。実はこのテーブル、欲しかったがあまりにも高くて一瞬考え込んだ。(35万円)しかしまたと無い出会いと思い、決断して店に行ったら、なんとセールになっていて半額になっていた。大声で笑えるほどに嬉しかったなぁ。

   


No.029 アルバム・・・少々おセンチな趣味


 

職業的に人に写真を自慢気に見せることが多い。モチベーションアップには映像で迫るのが一番だろう。ビデオも良いが写真は身近なツールだ。旅行は好きだから、その旅の想い出を完結させる意味でアルバムを作るのは楽しい作業だ。気に入っているアルバムは最初は自由が丘の"シックス"という輸入文具店で購入していたが、取り扱いがなくなり、最近は同デザインでジョージスという雑貨屋で購入している。色の流れが一貫していなくて困るが、まあ気にしない。時々、昔の写真を眺めると記憶がドォン〜〜と蘇えり、いいもんだねえ。"旅は行く前に楽しみにして、行って実際に楽しんで、帰って想い出を楽しむ"って誰か言ってたけど、その想い出には大事なアイテムだ。通常一回の旅行で200〜300枚は写真を撮るが、その中から120枚程度を選別して残りは捨てる。破棄である。全然もったいなくないのだ。(最近はデジカメのおかげでそんな必要はなくなったのがウレシイ。)


No.028 限りなく楽しめるサッカーゲーム!!

このサッカーゲームは楽しめる。一対一で、また複数人数で対戦出来る。実に単純明快で自分サイドのバーをクルクルと回してボールを相手方のゴールまで上手にパスしてシュートを決めるのだ。選手は横移動とクルクルしかしないので知能というより体力と腕力が相当に勝負処となり、結果、数人でやっても超盛り上がり汗までガンガンにかく! テレビゲームやらデジタルなゲームが主流な世の中で、こんな単純でアナログに楽しめるゲームは中々無い。 沖縄のウエチの店を訪問した際に何気なく“いーなぁ〜〜”と言ったら翌週、飛んできたのだ。なんでも気軽に“いーなぁ〜〜”とか言うと大変な事になる。 問題は一般家庭ではあまりのも邪魔だということだ。いくら楽しくても毎日はやらないし、畳三畳分は占有面積が必要だ。ということで我が家も引越しの為に大熊家が預かってくれる事になった。盛り上がってください。

No.027  岡本の家・・・・これもモノだなぁ。

11年暮らした世田谷区岡本の家を離れる事になった。思い出も深いし今でも大好きな家だったが、なんとなく気分転換がしたかった。 最初は約12年前に外人用賃貸用として建てられた物件で、ボクも家賃(月々75万円)を支払っての生活をしていたが、時代の流れでボクが購入。そして自分の所有になった瞬間にリフォーム魂に火が付いて改築すること10数回を繰り返した。そもそも外人用だったので風呂がホテルスタイルなので和みを追及する為に"波田の湯"を庭に増築。洋の中に和を感じるお気に入りの空間となった。二階のシャワールームを改造して快適パウダールームへ、ガレージ上にデッキを作りバーベキュースペースに、ホームシアターも作った。壁は壁紙を排除したかったが限界があるので要所要所をラワンを張りペンキ塗り処理。マスターベッドルームはミラー処理されているクロゼット扉、床は北欧の天然木にオスモ(塗料)を刷り込ませるというコダワリぶり。裸足が気持ちよいのだ。とにかく思いつく快適、カッコいいと思う事は全て実践した愛情がこもりまくった家です。 次のオーナーにもきっと愛し続けてもらえる強運を呼び込む家です。

  

  

 


No.026 エビスビールの"ラッキーエビス"


このエビスビールを見たことある!? 初めて見せてもらった時には驚いた。通常は右のビンであるが良く見てみると左のラッキーエビスにはエビス様の左側の魚籠の中に二匹目の鯛がいるのだ。この存在も知らなかった。というほどに知るヒトも少ないし情報もない上にあまり話題にもならない。コレ一言で言えば"サッポロビールのイキな企て"なのだ。一説によれば一万本に一本、100ケースに一本、いやいや2〜3ケースに一本との話もある。ココからが楽しき悪夢。見せてもらって欲しくなって自分で引き当てたくなった。見る酒屋、コンビニ、スーパーで捜索活動が始まり、どこでもビンをくるくる回してラベルの確認をした。その数、膨大な数チェックしたなぁ。ディスカウントストアでなんて積み上げてあるケースを下ろしてクルクルした。来る日も来る日もクルクルだ! そして捜索活動をスタートして三ヶ月目に、ついに沼津のスーパーアオキの酒売り場で発見。一番下段にビンは並ぶがその奥の奥に後ろ向きになったビンを発見。何かを直感して腕を突っ込み、それでも届かず、またまた腕を伸ばしてグゥ〜〜〜数センチ腕が伸びて、そのビンをクルッと回したらなんとエビス様の左側の魚籠に二匹目の鯛が!!!そのビンを掴んだ瞬間に腕のスジがビシッと外れたか!!!ビンを掴んだまま筋違い状態で"イッテェェェ〜〜!!"店員が飛んできて"お客さん、まずはビンから手を離して!!""冗談じゃない!オレのエビスだぁぁ!!イッテェェェ"店員に助けられながら無事に救出&確保となりました。この達成感を大いに含んだビールの味は当然に格別でした。グビィ〜〜!! その後全治10日を要した腕の筋違いは心地よい傷みであった。これ、達成感を含めた宝物です。  アナタも強運と達成感を含んだ味わいのエビスを手に入れてみたら・・・・・・
※ちなみにサッポロビール広報室でもこの本数にかんしては未発表としている。粋だねぇ!!


No.025 B&B ITALIA のソファー

東京の家のソファーは我が家に長くあるもので(推定60〜70年)嫌いではなかったが正直飽きていた。ということで下田の家の改築計画に取り入れてハワイアンなプリントに張り替えて引越し。東京の家にも何かソファーを考えること約1年。その間は以前ソファーが在った所には何も無かった。というか中途半端なモノを買いたくなかったのだ。ソファーとか椅子って難しくて座り心地と見た目は別なのだ。それが両立というとなかなか難しいと思う。そして当然に値段の問題もある。ソファーは洋服みたいに簡単に買い換えたりが出来ない。その上予算を考えると・・・・随分、様々な店をブラブラ見て回った。カッシーナ、アルフレックス、セレクトショップ・・・・しかしピンとこないというか、焦っていなかったので結論は出さなかった。しかしある時、恵比寿のB&B・ITALIAのショールームを見たら感動的な座り心地とスタイルでボクを魅了したのがこのソファーで価格は・・・・・・125万円位だったかな。はっきり言って値段見てぶっ飛んだ。欲しいけど値段を考えると、革ならともかくファブリックだもんなぁ・・・・・その後数週間後に強運・波田に事件が起こった。B&Bはセールなんて絶対にやらないのに12年ぶりに小規模の内輪だけのセールがひっそり行われると事情通・広中氏からの電話。ところがその当日はボクは先約有りで不参加。広中氏は朝一で並んでセールに参加して我が家に合うものを探してくれていたら、偶然に素晴らしいソファーを発見。その場で写真を携帯に送ってくれたらナント、恵比寿のショールームで見た、このソファーが!!(まったくそのもの)。結果45万円で購入できました。大満足なソファーです。すわり心地、スタイル抜群な名作です。
※これ長さがなんと3メートルもある。5人が楽々に包み込まれて座れます。その幸せ感ったらたまりませんよ!!

No.024 ゴルフ・カブリオレ クラシックライン 1996年式

 

我が家に来て10年目に突入。本当に素晴らしい車だ。巨匠・徳大寺有恒先生("間違いだらけのクルマ選び"の著書で有名)は20世紀に最も輝いていた車と評し、モナコのホテルドゥカップ前にビカビカなフェラーリ、ポルシェ、ランボルギーニ、ロールスが並ぶ中、何故かそこに駐車していたゴルフクラッシック・・これが忘れられないと語っていた。乗ればわかる素晴らしい車です。当時の限定仕様で白い皮シートがとてもチャーミング。基本設計は80年代のゴルフだと思うけど、実にシートに座ってダッシュボード越しに見る景色がなんともいいのです。この時代の車はウエストラインが低いので車内から外が良く見える。(当然、エアバック無しの爽やかデザイン)現代は流行、安全性から深い位置で座るので見渡しがこんなにきかない。まぁ、そんな理屈ではなく素敵な一台です。春先や秋口の日中、海岸線、深夜の都内なんか時々気分転換に開けて走ると爽快です。(当然、電動トップなので簡単開閉!) 当時の価格はブッタマゲに高価だった。たしか400万円前後だったと記憶する。グリーン×黒ホロ、バーガンディー(エンジ)×エンジホロ、紺メタ×濃紺ホロの三色がありどれも内装は白レザー。程度が良い車があったら買い!な一台です。



No.023 手作りダイニングテーブルとベンチ

 

このサイズになるとモノではない気がする。しかし道具としては素晴らしいし、人生のお気に入りの場所となった下田の家のデッキは、かつてはただのベランダだけで、その先には荒れ果てた庭しかなかった。(ビフォーの写真を見てください。)そして庭の木々を撤去した後はただの空き地状態で数ヶ月、そこに座って何を作ろうか構想を練っていた。雨に直接あたる場所に木造の造作物というのは少々抵抗があったがしっかり防水塗装して通風を考えればいいカァと判断。アウトドア・アリビングという発想でナゴミの空間とすることにした。以前からあったデッキのラインから、テーブル、椅子のラインが全て通っているのがデザイン的に苦心したところで、製作を手伝ってくれた面々も細かい指示に大変だった。座面の深さ、高さ、位置、人数(快適に12人が食事を出来る。)とか計算しつくして作ったので、クッションも無いのに座り心地は抜群。そしてウエットスーツを着たままでも座れてしまう快適さ。数ヶ月の間、何処に行くにもメジャー持って気に入った椅子があると高さ、深さ、背もたれの角度、高さを計測して・・・・知恵とアイデアが実は集積した作品なんです。と自画自賛の境地。小細工としては冬にアウトドアー鍋物が出来るように暴雨コンセントを隠したり、照明のブランケットは脱着式で三種類(エスニック、クラシカルに、モダンにと変身)が用意。そしてこの上の骨組みにブーゲンビリアを現在育成させていて10年計画でブーゲンビリアのタナが出来る予定。咲き乱れるブーゲンビリアの下で海を見ながらのキリリと冷やした白ワインを飲む日が待ち遠しい。(当然に昼間からね。しかしココから見た満月が夜の海に写り込み輝く景色はこの上ない美しさでした。) 製作日数は10日に渡った。(約3ヶ月にまたぐ)従来あったデッキを補修。それの幅に合わせた腐りにくいヒノキを調達。裏面、横面、裏面をしっかり防腐塗料のキシラデコールを塗り、基礎材にはクレオソートを染み込ませ防虫、防腐対策は完全。様々な "技"も大工ハマーにより伝授。時期が11月を過ぎていたので寒くて過酷な労働条件だったが、本当に出来たときには感動した。延べで20数人が製作に手伝ってくれた。感謝。(わざわざ沖縄から上地もやってきた。)

 


No.022 オジイさんの代から引き継ぐソファー


ジイ様がどのようにしてこのソファーを入手したかは全く不明。(解体したときに明治何年と書いてあった・・)とにかくボクが生まれるズッーと前から家にあった。ジーさんの家に行くと良くこのソファーで飛んで跳ねて遊んだりカクレンボの隠れ場所として利用していた。最初はグリーン系のベロア素材だったがオヤジの代で超趣味悪素材(錦糸町の安キャバレー的)になりオーラ値は一気に落ちた。そして10数年前にボクが引き取り昔の色を思い出して張り替えて東京の家で使っていた。しかし生まれた時からあるソファーはやはり飽きる。そこで下田《オキラクハウス》に座面のみを張り替えて移動。素材はハワイアン・プリントのデッドストック生地を発掘して張り替えた。下田の家は築35年位の古いビーチハウスなので雰囲気はバッチリ合う。そして最近、サイドテーブルを自分で製作した。階段の製作に使った無垢の木材を切って金具でつなぎ、ソファークッションで余った生地を工業用ホチキスで圧着した。なんだかセットで愛着がバリバリに湧いてくる家具が出来上がり。座り心地は決して良くないけど文字通り、人生を共にしてきた一品なので思い入れは絶大。ソファーとか椅子ってなかなかカッコ良さと座り心地が両立しないのだけど、見た目と思い込みでカバーしてる。いつも昼食後の昼下がりに来客者の誰かが海風を感じながら気持ち良さそうに、何故かクッションを抱きしめながら昼寝しているのだ。


No.021 イタリアのクラシックカーレース・ミッレミリア参加者に配布されたバッグ、キーホルダー、スプマンテ、他ノベルティー


1993年に憧れのクラッシックカーレース"ミッレミリア"に出場した。(ミッレミリアとは1600キロという意味)1950年代まで続いたイタリアが国をあげて開催した公道レースだったが観客を巻き込む大事故で、やむなく中止。そして1980年代に復活。古い車好きならば見る事が夢という人も多い。その憧れのミレミリアに縁あってスポンサーが付き参加、出走という夢を現実にしたのだ。波田は憧れの名車フェラーリ250GTC(50年代の名車、値段は9桁)にて出走!! 生涯忘れえない思い出になったのは当然だ。他の約350台の世界の名車達は全て名車といわれるクルマで、殆んどが公道でお目にかかることは無い博物館クラスのクルマ。そんな名車が道路交通法を無視(?)して公道レースをするのだ。そして波田が三日間イタリアを走りぬけたゼッケン301番の赤いフェラーリ250GTCの爆音は人生観を変える音で、素晴らしい走りっぷりであった。イタリア国内を1600キロ、一般公道を疾走する三日間なのだが途中の沿道では学校が休校になるくらいのお祭り騒ぎ。イタリアの少年達はサッカー選手になるのと同じ位、将来ミレミリアに出るのが夢だという。そして各都市のポイントでは市長や市民の熱烈な歓迎を受ける。そこで市長などから記念品をいただくのだ。だからチェックポイントの都市抜けるたびにクルマの後部にはお土産、記念品でいっぱいになっていくのだ。またフェラーリでこのレースに参加することは別格な事で、フェラーリ者社長(セルジオ・カッサーノ氏)の歓迎を受けて記念品贈呈がある。記念品は全てが超レアー物だった。出走前のパーティー(皆、ワインをガバガバ飲んで!)最終日のディナーパーティーも宇宙一のお洒落さであった。

     


No.020 ハワイのフラダンス人形


とても美しい顔をしている、この人形には完全なる一目惚れであった。ハワイはアラモアナショッピングセンターの有名高級デパート・ニーマンマーカスのチョコレート売り場に彼女はチョコレートを持って立っていた。とても幸せそうに任務を静かに遂行していた。とにかく彼女を見た瞬間に欲しい!連れて帰ろう!と決断。店員に相談したら売ることは出来ないと淋しい返事。しかしそんなことであきらめては名がすたる! マネージャーに直接交渉に入り検討願い宿泊先を告げて退散。

   

翌日、ハレクラニホテルのメッセーボックスに返事がぁ!!誠意は通じるのである。そして200ドルでお手打ち!帰りは梱包すると危険なので軽くエアークッション(オレはプチプチと呼んでいる)で包みJALの機内に持ち込み搭乗。女性の人形を大切に抱えるオジサンの姿は怪しかったと思う。置き場が無くてスチュワーデスは空いていたファーストクラスのシートにシートベルトでくくりつけてくれて日本に入国。VIP待遇に彼女はご満悦。今は下田≪ オキラクハウス≫ で第二の人生を過ごしている。行くと『だだいまぁ!』帰るときは『バイバァイー』と声をかけるとアロハァーと微笑んでいるように思える。 愛するフラ人形の名前は"マリーサ" 手の上のカゴにチョコレートが飾られていた。現在は演奏中のCDを持っていてくれる。


No.019 ロータスエランS―3(1968年製)

 

1968年製のこの車、年の頃は37才になる。37年間、動き続けている機械というのは凄い事である。37才の友達は20代のヒトとは違う風格、美しき加齢を感じる。冷蔵庫だってコンセントをさして動いているだけで10年も経ったら壊れるのに37年間も動いているって凄い事だ。そしてその走りっぷりはお見事!、現役バリバリで夜中の首都高、第三京浜では"サーキットの狼"(古いねぇ)と化すのだ!!とにかく軽いので俊敏でコーナーリングはお見事!そして乗るのと同じ位、ガレージで眺めているのが嬉しい車だった。クルマを停めて歩き去るときに振り返る。その後姿をみてまた立ち止まるなんてことがしょっちゅうある程に素敵です。(ボクの好きな車・・・・去る時に振り向きたくなるクルマ) ある時、普段乗りの車の修理に入れていた工場に見舞いに行ったら、そこにやはり修理に入っていたのがこのエラン。イッパツで一目ボレ。ロータスエランらしくない色がまた印象的だった。(普通はブリティッシュグリーンとか赤が多い。)狙っていたら願いは叶ってボクのガレージに。 1960年代の初め、英国のロータスという小さな自動車会社が倒産の危機に瀕していた。それはエランの兄貴分のエリートがその名の通り優秀だったが放蕩物だったのです。社主のアンソニー・コーリン・チャップマンは、もうちょっと稼ぐクルマを作る必要に迫られていました。エリートより安いコストでエリートを凌ぐ性能を要求されてロータス社を救う為に1963年に生まれてきたのが"エラン"です。この二人乗り高性能スポーツカーは1973年までの10年間作られ、ロータス社はこのクルマで救われ大成功を収め会社は持ち直しました。


No.018 K-LUNCH BOX (ケーランチボックス)のケータリング用弁当箱

 

今回はちょっと違う指向。ボクの"ひとつの時代"がこのケーランチなのだ。25歳の時に何かを始めようと起業したのが、このケータリングサービス。金は無い、信用は無い、経験も無いの三拍子揃ってのスタート。要は弁当屋で、契約した企業に昼飯時間までに毎日、日変りの弁当を配達するサービスなのだがパッケージ、配達の車、制服、サービス、当然にメニューなど徹底的にこだわり原宿、渋谷、青山界隈のファッションメーカー、デザイン会社などには相当にウケたのだ。商売自体は数年間続いたが、ボクの元来の"企画"の仕事から営業、経営的な仕事になるのがダメでボクは社長辞任・・・この時期にAМをスタートして、まさに波乱万丈な一時代だったのだ。利益はまあまあ出たが辛く悲しく厳しい時代だったのです。今でも当時の制服のプリントの一部が事務所のデスク前に額に入れて飾ってあり、それを見ると"ガンバロっ!!"って決断出来るんです。まぁ今は楽しい思い出になってるけど・・・・(日経新聞にもすごい新しい分野だとお褒めいただいたんですよ。ちょい自慢でした。) このランチボックスは先日、偶然に仙台でミーティングに来ていた渡辺君(パン職人)が持っていて(当時の提携先の店の従業員だった)返却願った品物なんです。ああ懐かしい。
※ この黄色いボックスの中に白い弁当箱でゴハンとオカズ、スープなどが入っていた。
※ デスクの前の壁に飾ってある当時の制服(トレーナー)の袖のプリント。


No.017 北海道型の愛らしいジンギスカン鍋

北海道の代表的な料理の"ジンギスカン"はとても美味しい。そして、ついに東京ではジンギスカンがブームの兆しである。その理由は美味しい事とダイエット効果に尽きるのだ。ラム肉の脂は肉の中で唯一、人間の体内に入って人間の体温で溶けて流れ出るのである。ボクの自慢のジンギスカン専用鍋であるが形が見ての通り北海道なのだ。(通常は円形ヘルメット型ですから誤解の無いように!!)これは誰でもわかる北海道でないと成り立たない鍋で山形県、埼玉県、山口県の形では何が何だかわからない鍋となるのだ。この鍋の存在は話に聞いていたのだが、とにかくこの鍋がいつかは欲しかった!。この冗談みたいな鍋で、あーここは国後だぁ、襟裳岬だぁ、函館あたりだぁ、室蘭だぁ言いながら食ったら楽しいじゃないの。こんな素敵な鍋はマブダチ・イリモト氏からの贈答品なのです。(飲んだ席での約束を覚えていてくれて数日後に届いて感動倍増。しかし東京の肉屋にはラム肉売ってない・・・・探してます。)そしてこの鍋は南部鉄器製なのだ。南部鉄鍋で調理された食物は多くの鉄分が含まれていることが科学的に立証。水分が多い程、鉄溶出量が多く大部分は身体に吸収されやすい二価の鉄なのだ。なんだかわからんが幸せを感じるぞ。

No.016 超ローテクなイタリア産チーズ磨りマシーン

このマシーンというか道具との付き合いは長い。最初に発見したのはイタリアレストランの三軒茶屋のペペロッソ。店で使用していて物凄い気に入って交渉したが譲ってもらえず、しかたなく、その次に行った時に拝借(長期無断リース)。約一年間は波田の家で大切に使った。しかし根が正直なボクはその後、イタリアに行く際に同じモノを探し回った。チーズすり機は数あれどステンレス製だったりデザインがヨロシかったりでなかなかこのベタなデザインの同一品がない。そして翌年、ついにサルディニア(地中海の島)の荒物雑貨屋で発見。店の在庫を全て購入して帰った。そして利息を付けて2個、三軒茶屋のぺぺロッソに持っていって正直に話して返却した次第だ。顔なじみの店員は驚いていたがぁ・・。 とにかくパスタを食う時、サラダを食べる時、イタリアンには欠かせないパルメジアーノレジアーノが10倍引き立つアイテムです。なんてったってフレッシュですから。 (その後、神戸の雑貨屋で一個、原宿の雑貨屋でも見た。探せばある。決して僕の家から拝借をするのは許しません。 メーカーはGRATER Made in Italy )

No.015 1980年代初頭のハンティングワールドのバッグ

24年前に頑張って購入したハンティングワールドのショルダーバック。デザインは現在でも販売されている"キャリーオール"という代物。皮は時々、オイルを塗って長生きさせている。本体はルイビトンのモノグラムのようなビニール系素材で、ハードな使用に耐えられるのだ。中心の丸い皮製のロゴを暇な時にでも鼻の油を塗り込んでテカらせる様に言われて、今でも癖でコネコネしてるから鋭い黒光りを放っているのだ。当時、あこがれの先輩(ニーツ氏)が持っていて憧れまくっていたのです。入手した時は嬉しくて枕元に置いて観賞して寝ました。これで相当色々な旅行をしたなあ。値段の記憶は無いが7〜8万円だったと思う。

No.014 アボカドの木(イトウシンペイからの結婚記念樹)


育ちに育ったアボカドの木。結婚記念にもらったのだが、それから16年間は家のなかでプランター(植木鉢)で生活していた。しかし3回にわたる鉢植えの引越しで節操も無しにドンドンと横にデカくなり占有面積が畳3畳分を占めるようになってしまい収拾がつかない。そこで決断して屋外植樹を計画。ウチに来る植木屋は絶対に止めろと言う。40%の可能性で越冬が出来ないと判断。しかし残りの60%にかけて屋外に出した。最初の一年は全然ふるわないで少々心配だったが葉を切って冬を越させた2年目の春に爆発!!。春には見事、屋外の地植えに成功して完全な樹木となったのだ。ものすごい成長率でどこまで成長するのだろうか!。毎日、水をあげてアボカドが巨大化する日を楽しみにしている。ちなみに単体では実はならないそうです。このアボカドですが実はシンペイが食ったアボカドの食いカスの種を皿の上に水とスクラブバッヅを置いて発芽を待つ事、数ヶ月。そして30センチ位に成長させてプレゼントしてくれました。(なかなか発芽の可能性は低いが必ず出来るんです。せっかく食べたら試して下さい。)


No.013 バックパッカーにしてビーチチェアー


これは超優れものです。折りたたみ椅子付きのデイパック。ビーチで公園でヒナタボッコする時の快適グッズ(飲物、雑誌、新聞、本、音楽、カメラ、弁当・・・)が入るし、そしてそれが背中に背負えるという魅力的製品です。椅子は高さと角度が絶妙でビーチで花見でと活躍しまくりです。安定性があるがゆえに少々重いのが難点。とはいえこれをショって長距離は歩かないから大丈夫!。 ハワイはアラモアナショッピングセンターのサーフショップにて購入。オプションの小型日除け傘があるみたいなので捜してます。値段は35ドル程度だったかなあ・・。

     


No.012 メルセデスベンツ300TDT (1983年式) 22才を迎える!

 

これはお宝クルマです。とにかくメルセデスのこの型(W123型)が好き。マニアには高品質のメルセデスベンツの最後の型と言われている。現に世界中で最も売れたベンツにして現在、最も多く残っている型とも言われている。同年式の"赤"を一年かけてレストアをしていた時にこの車に出会った。とにかく19年間で走行距離がたったの6万`という異常なまでの程度の良い車だったのでイッパツで恋に落ちた。名古屋の大金持ちが当時、本国に注文して特注、そのままエアコン付きガレージで暮らしていて,その後、東京のとある有名ミュージシャンが購入。そこから波田が購入という経緯。値段は相場より相当に高かったが、レストアではありえない新車の香りが残っていたこの車は僕には魅力だった。(幸いの赤の同型は友人が大切に乗ってくれている。それだって大変なシロモノ。)だいたい、この時代のベンツはヘッチャラで20万キロ〜30万キロは走ってしまうから、お楽しみはこれからです。ドアを閉める音というか質感は現代の車とは比較にならないほどに高品質。歴史的に高級ステーションワゴンという潮流を初めて作ったのがこのメルセデス。それまでは"バン"という扱いだったんです。ボクのクルマは当時には相当に珍しい本皮張りシート(ボディー色の深緑)、スライディングルーフ、ヘッドライトワイパー、シートヒーターなどのフル装備。一年の内で夏以外に都内で乗る事が多く日常のアシにはベストです。特にネオン下での深い緑がとても良い色なんですね。(自分でもウットリしながら書きました。)

 

No.011 ラバーメイド社の巨大掃除バケツ


波田家では、このお掃除用巨大バケツは本来の使い方はされていない。書斎のハジに置いてありバラバラしたものを全てブチこめる便利な整理バケツとなっている。下には雑誌、資料など、上のボックスにはサングラスが10点位入っている。まあ便利さよりこのデザインが気に入っているのだ。これは、カナダのバンクーバー郊外の巨大ホームセンター(ホームデポー)で購入。苦労してタクシーで運び、ホテルのボーイにオチョクられ、飛行機会社でイヤがられ、入国管理局では怪しまれ、奥さんにはバカにされで数々の難関をへて今、僕の部屋にいるのだ。値段なんて数千円だったが、冷静に考えてわざわざ国外から持ちこむ程の物であろうか。あるんです、僕にとっては!!。

     
(しかし先日、伊豆・下田のホームセンターの掃除売り場で全く同じモノが売っていた・・。これは相当にショックだった。値段も安かった・・・・・・・バァーロウ!。飛行機の重量超過料金取られていないのが気休めかぁ。)でも本当にアメリカっぽさが気に入ってます。

 

No.010 ドライビング用携帯マグカップ


波田は結構なマグカップマニアだ。今までに随分たくさんのマグを買った。その中でも携帯用として相当に活用されているのが、このTRUDEAU社のマグだ。(design by morelli) このマグは多重構造になっていて保温性が抜群に高いのだ。通常、1時間以上は殆ど冷める事なく美味しくお茶、コーヒーを飲む事が出来るという、まさにロングドライブの友なのだ。少々、高さが高いのがカップホルダーに立てた時には邪魔だが、中の量と温度、そして快適さを考えると許せる。そしてスターバックスなどで売っているタイプと違うのはハンドルにある。カップホルダーが無くてもフック型のハンドルなのでドアノブやコンソールなどに引っ掛けられるのだ。ボクの車は旧型の車が多くてカップホルダーなんて着いていないので特に重宝している。もうひとつ欲しくて海外に行くたびに探しているが未だに出会わない。ダレかあったら教えてください。

 

No.009 "V次郎号"メルセデスベンツ V230 ウエストファリア・キャンパー


とにかく欲しかったし必要だった。7人がラクラクに乗れて4人が寝る事が出来る。そして操作性がよくて機敏な走り。荷物も相当に積める・・・ちょっと、カワイイ。多少の見栄も張れる。全ての条件を満足させたのが、このメルセデスVだった。注文してから納車まで7ヶ月近く費やした。

   

ドイツ本国で購入して専門コーチワークスのウェストファリア社で屋根を切断してポックアップに改造。天井にベットが設置されている。(写真のハイルーフ部分が1b上に上がって、そこには既設の二人用ベットがある。後部座席は対面の5人掛けシート。それはフルフラットになる。相当に役立つ一台。テーブルも付いてるのでキャンプ、サーフィン、小休憩と利用範囲は果てしなく広い、まさに走るリビングルーム!。これで子供達と全国を旅したのは良き想い出だなぁ・・・。

 

No.008 アフリカ・ケニヤのマサイ族が書いた油絵


数年前に娘(当時4年生)と長男(当時幼稚園年中)の三人でアフリカを旅した時にマサイ族の書いたオイルペインテイングを購入した。こんな単純な絵なのにマサイの雰囲気がにじみ出ていて好きだ。マサイ族はみんな、こんな夕焼けみたいな色の布をまとい、なぜだか物凄いジャンプ力で、その踊りはピョンピョン跳ねて実にかわいいのだ。そんな可愛さが伝わった。

値段は一枚2千円位だった。(ケニヤ価格だと相当な金額。)三枚がセットになっている。

 

No.007 移動時用"曝睡3点セット


これを使って移動の新幹線、飛行機で睡眠をとると水深250メートルまで深い熟睡を超えて曝睡を約束される。耳栓の威力は絶大で雑音が80%カットされる。(波田安眠研究所調べ)アイマスクは顔に触れる部分がタオルになっているので真暗になり快適。双方とも日本航空機内でアメニティとしてもらえる。エアーマクラは快適で肩こりなく移動中のシートで寝られるのだ。しかし、その3点で完全防備した体制で寝ていると機内では相当にキミョウに見えるが、アイマスクしていて見えないから大丈夫。安眠を優先しましょう。(私は何処でも寝られると豪語するアナタ!、その熟睡度が違うのです。)
購入価格 タダ (日本航空機内) 
マクラは無印良品で1000円弱。

 

No.006 お宝"シール"の山


とにかく、シールマニアである。子供の頃からシール集めは一貫した波田啓次郎の趣味である。車を買う、何か道具を買う。そうするとまず,何処にどのシールを貼るかから考えて一人で盛り上がる。車の場合はセロテープで仮貼りをしてあらゆる角度から眺めて納得したらベースを綺麗に拭いて正式に貼って再度、眺めて盛り上がる。たかが"シール貼り作業"ではない。"シール・チューニング"と呼んでいる。

だれか、かわいいシールがあったらくださいなぁ。本当に好きなんです。(交換にも応じます。レトロ感が好みです。) 2枚目の写真は超レアーな"水で貼るデカール"で1950年から60年代のモノ。スーツケースとか車とかに旅する人が張っていたモノです。

 

No.005 カーペンターバッグ( ガーデニングバックかなぁあ?)


驚異的集能力を誇る、イギリス製(いや、アメリカ製かなぁ)のガーデニング用バッグ。車で移動する事が多い波田はこれに財布、パソコン、スケジュール帖、カテキン茶の入ったポット、MDプレイヤー、そして横の圧倒的に便利なポケットに携帯電話、サングラス、プロテイン8バー、昼寝用安眠マスク、小説、雑誌、などなど自宅のデスクに乗っている物がそのまま移動する事が出来る優れもの。助手席に置いておくといつでも必要な物が簡単に取り出せるのだ。時々、カバン内を掃除しないと無駄な物でイッパイになる。
購入価格 4000円程度
購入先 茶色の一つ目がアメリカ東部のマーサスビニヤードの雑貨屋(冬用として活用)、二つ目はアメリカ西海岸のワインの聖地、ナパバレーの巨大ホームセンターで発見。(夏用として)、夏冬モノと言っているのは単に色の問題。

 

No.004 ホンダ・スーパーカブ C100

昭和33年式(波田と同じ44才)でホンダがまさに世界を制覇したホンダ・スーパーカブの初期型。ホンダの歴史上最も重要な1台なのだ。現在もカブは世界中にウン100万台、現行型も殆どモデルチェンジなしで世界中で働いている。ベトナムに行くと家族5人がこれに乗って旅行に行ってしまうくらい国民に愛されている。日本のそば屋、郵便屋の定番必須アイテム。燃費、耐久性は抜群でスーパーカブでちなみに北海道一周旅行に出るとガソリン代は5000円で済むというエコノミーな乗り物。これをイタリアのべスパの様に東京で乗るのがシブイ!。
伊豆の下田の民宿で、そこのオーナーのオジイさんが乗っていた。しかし44年間のうちのニ十数年間は納屋で藁(わら)をかぶって放置されていたが、見つけ出されて再度、現役に復帰。それを、おがみ倒して譲ってもらった。とりあえず、ビンビンに走るようにしてあるが現在、新品オリジナル部品を調達していて、そろい次第、レストアして新車復元を目指すのだ。微妙なラインが現行モデルとは違うレトロ感。結構乗っているとマニアに追いかけられたり質問攻めにあう。 お値段は六万円(現状)高いか安いかはわからない。

 

No.003 ハラーシステムのユニット家具


お見事としか言いようのない素晴らしい家具だ。デザインを優先させると使い勝手が悪い、また使い勝手を優先させるとデザインが・・・というのが普通だが、デザインと使い勝手を完全に両立した素晴らしい家具だ。ユニットのサイズ、仕切りやオプションも完全。ひとつひとつのモジュールのサイズもベスト。我が家では大皿、小皿、料理用機材、本、文具、小物、雑貨、工具、とモノスゴイ量の生活雑貨を飲みこんでしまう。引越しの際は新たに組替えが可能なので一生モノ。

値段は少々張るが・・。オフィス家具としての生まれだが家庭においても十二分に威力を発揮する優れものである。 hh.com で有名なインターオフィスでの扱いです。

 

No.002 ニューヨークで迎えた誕生日に皆からのサプライズ・プレゼント。 イトウシンペイ画伯が書いたペイントと額。


みんなで、ニューヨークに遊びに行っているときに、サプライズで皆(約60人)で波田啓次郎に誕生日プレゼントを考えていたらしい。そしてその時、何を買うかを一任されたシンペイ・イトウは、その予算で画材を購入。そしてソーホーのゴミ置き場に落ちていたダンボールをベースに一日、部屋に閉じこもってこの絵を書き上げたのだ。額縁の裏側には皆のサインとメッセージが書き込まれている。これこそ、ニューヨーク的なアーティスティックなプレゼントだ。


 

No.001 メリタリア社(イタリア)のコードバンのソファー

コードバン(馬のお尻の皮・・・上質で皮のテリ、シワ感など最高)のシングルソファーである。出会ったのは1987年頃、代官山の "コウカイドウ"という藤沢氏(本田技研の本田宗一郎氏の右腕経営者、藤沢氏の子息。)が経営する超コダワリの家具屋で中島薫氏の当時の田園調布の新居の家具選定をおおせつかり捜している最中に出会った。2却がセットで置いてあり値段表示が48万円・・・悩んだ。本当に悩んだ。ソファーに48万円・・・しかし、数日間考え続けて買う事を決断。将来、こんなソファーが似合う家に住む事を夢と目標にする為に相当な無理をして購入を決めた。・・・・・・しかし、意を決して買いに行ったら・・・・・1却が48万円で、従って2却で96万円だった。ガガ〜〜〜〜ン。もう欲しいモードは収まらない。(無謀にも、そんな高級店で値切った。藤沢氏は誠意と情熱を感じてくれてマケテくれた。)そしてその頃、住んでいた家に搬入されると信じられない位、部屋が狭くなった。ソファーだらけの部屋になってしまった。そして引っ越すまでの数ヶ月間のソファーだらけのリビングの生活は大変だった。しかし買って本当に良かった。今でも毎日、眺めて座ってウタタネしている。読書もするしワインも飲む。そんな、人生のパートナーだ。 価格 1却 48万円(まだ消費税も存在しない時代だった。)  購入先 代官山 コウカイドウ 旧山手通り

 

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