日記 ますます"勝手"でしょ!! バックナンバー 2003年 目次

●またまたラッキー、超ラッキー、B&Bのソファーでウトウトと!

12月18日、起床は7時半。天気は今ひとつだ。朝はエアロバイクで発汗。エアロバイクの発汗はついでに新聞を読めるし発汗量も激しく気分は壮快。そして最近、習得しつつあるナンチャってヨガでストレッチして入浴。10時半の目黒のミーティングに向った。今日は大島Rのニュートリレクチャーとボクの新規対象のマーケだ。そして今回は美しきEMの奥川さんグループのDDの田口さんダンナに依頼された従業員5人がミーティングに参加。バリバリな主婦グループのリーダーだが若手は不得手でボクが担当。ナンだかオモシロイ雰囲気でよかった。田口ダンナはなかなかの趣味人でハーレーで水戸方面ではブイブイに鳴らしている。ビル清掃会社を経営していて、そこの従業員の将来を心配してのAMの紹介ということだ。個性の"塊"みたいな奴ばかりで面白い。ヒトクセどころか25クセ位ある連中でボクのお得意とするところ。ミーティングは完璧だった。そしてアフターにランチを上海園で皆で円卓を囲んだ。大人数で"仲良しランチ"は中華に限るねえ!。話すほどに本当にみんなオモシロイ奴だった。時間がかかるかもしれないがきっとこんな自由人志願者には、このビジネスが必要になる時が来るのだ。ウフフ〜〜種まき、種まき!!。解散してから恵比寿のリスペクトでスノーボードをチェック!。EGFのボードがチャーミングだし、これでニセコのパウダー行ったらさぞや素敵なことだろう!。その後、恵比寿の超高級家具店B&Bでソファーを見学したが、想像以上に高価!。流石に家具のメルセデスかポルシェかと言うカンジ。そこに展示されているひときわ素敵なソファーは座り心地は最高で、こんなの座ったら他は見られないという位に強烈!。ものすごいカッコイイぞ!!。しかしお値段は145万円!。おいおい車が買えるじゃないの。当然、衝動買いの域ではないので退散!!。それからニコタマのエルメスに行って前から目を付けていた毛糸の帽子を購入。フツーの毛糸(カシミア)なんだけど38000円、ソファー見た後で錯覚をしたのか。勢いで購入。冷静に考えたらユニクロでニットキャップが50個買える金額だなぁと思いつつ・・・。昔、かまやつひろし氏が《生涯買い物して良かったモノ5選》という記事がありこの帽子を絶賛していたのだ。かぶった限りではその良さはまだわからない。大体、ボクにとってのエルメス製品は買って数年たってその良さがジィーンとくるのだ。夕飯は目黒の愛すべき定食屋の大戸屋でグループの新規と和定食。今晩のミーティングはナオちゃんとのコラボで三回目。ナオちゃんグループは本当に明るく美しい女の子(ギリギリで子とヒトの間な年齢!)みんなキャリアーがあるのに性格抜群で肩に力みがなくて大好きだ。ボクも女の子のフォローには最大限に動員している。ミーティングは素晴らしく盛りあがり。完璧だったぞ。

アフターに軽メシで何処かに行こうと思ったらスノーボーダー斉藤君が電話してきて目黒のヤキトリ屋に誘われた。どうも先日のスノボーツアーの時に泥酔状態の時に誘われていて了解していたらしい。まあ美味しいと評判なのでオネーサンチームと出かけて食って飲んだ。深夜にこんなに飲んで食ったのは久し振り。実に美味しかったなぁ。また車は斉藤君が運転して家まで、わざわざ送ってくれるというのだ。なんと天使のような優しい男だぁ!。斉藤君は我が家に戻って結局、ウチに泊まっていく事になり、先ほど運転手担当になったので飲めなかった反動で物凄い勢いでウチのワインを飲んでいた。それに付き合って3時過ぎまで御歓談。今日も沢山の出会いがあって面白かった。

※―1 後日談だが、あきれかえる強運な話し。"B&Bイタリア"はセールなんて絶対にしないのに、なんと年明けの一月に12年ぶりに関係者のセールがあり、そこに友人が入りこめ、なんとボクが恵比寿のショールームで見て座って唸った現物そのものが出品されていたのだ。ボクは参加できず、下田で風呂工事をしていた所に写真が携帯メールで送られてきて、仰天して購入を代理でしてもらった、値段は約3分の1でした!!。飽きれる強運でした。値段が3分の1の分、3倍感激でした。(いつになっても安くモノを買うのは嬉しいものです。)

●自分のいい加減さに飽きれる日々!

《沖縄の那覇で迎えた朝》 12月12日、昨晩というか深夜にホテルにチェックインして、朝起きて何故か大浴場で入浴。いつも泊まるホテルが満室というか予約を忘れていたらどこも満室になっていたので仕方が無いのでインターネットで探したチュラサンナンチャラというホテルに寝るだけだからイイカッと泊まったら最低だった。それも記録的に最低だった。なんと修学旅行と一緒だったのだ。ふふっふざけるなぁ!!。朝の8時半の飛行機で東京の戻るのでグループの先月SPになった祝嶺さんと空港でお茶をして話しをした。しかし本当に明るい人だなあ。前向きさも素晴らしい。沖縄に通うにつれて親戚のように付き合える人がどんどん増えてなにより楽しいぞ。機内では昨晩の続きの二日酔い曝睡状態だ。昼前に羽田に到着して戻りランチは和定食を自宅で食った。午後には近所の雑用大会だ。車の修理を面倒見てくれている"A2ファクトリー"にベンツのタイヤをスタッツドレスに変更しに出かけた。そこで恐ろしい事実が発覚!。なんと愛車、黄色のV次郎(メルセデスベンツVのキャンパー)も車検が春に切れているではないか。

正直焦ったというかブルーだった。("も"というのには意味がある。ウチの妻のゴルフも七ヶ月前に、そして普段乗りのベンツ・ワゴン300TDTも5ヶ月前に車検が切れていた!。検無しで3台も乗っていたのだ。(そして、なんとこの12月にいっぺんに3台の車検を取ったのだ。)夏に偉そうな顔して検切れ車を乗り回していたのだ。(ちなみに車検切れはバレたら減点8です。ヒェ〜)。人間の記憶はアイマイだなあ。笑う!!。強運さに呆れ返る!。自宅に戻ったところで福島県郡山市の後藤謙さんが稲ちゃんと金成さんを連れて我が家にやってきた。みんなオトナだが人生後半にかける意気込みは素晴らしい。本社ツアーをして波田家訪問をしてヘッケル緊急ミーティングに参加という充実のツアー中なのだ。"ヘッケル緊急ミーティング"という名称で行きたい度数は200万点を越えた。そして一緒に渋谷に向い本社オーディトリアムに乱入!。しかし今日の参加者は凄い人数で驚いた。日本中からハイピンが参加していたのも驚きだ。(実はミーティングのチケットが自分の分が無かったのだがオフィスのゴミ箱で拾ったのだ。信じられない強運にまたまた嬉しかった。後日、永田百合子さんのチケットと判明・・)そしてミーティングは流石に完璧だった。薫さんのスピーチはハンパナしに感激だった。どうしてこんなにヒトの心を掴めるのだろうか。ボクのフォーカスもバリッと決まった。そして連れて行ったパーソナルもみんなものすごい盛り上がりだぞ!。アフターは台湾料理の麗卿でで至福の夕飯を食った。またまた結構、白石喜一郎と飲んでしまった。(老酒をボトルで二本・・・)なんだか気分良くって、もう1軒だけ居酒屋に寄ってから解散した。同じ仕事で前向きな人間と酒を飲むのは実に楽しいなぁ!。

●温度差35度、タイのプーケットから北海道ルスツ高原スノーボードツアーに参加!。 アワタダシさ度数275点!。

12月7日、朝の6時10分に成田に到着。ビジネスクラスなので熟睡度は高かかったが、それでも睡眠時間は5時間。飛んだ瞬間に曝睡モードに入って到着アナウンスまで寝ていた。当然に食事も食わなければ飲酒も無し。ミスター驫(とどろき)氏(※・1)と急いで荷物をピックして税関検査を通過して空港に預けていた車をピックアップ。そして一路、羽田空港に向かった。ベンツVクラスには皆のスノーボード道具一式と冬用ウエアーがあらかじめ積んでいて荷物を全て入れ替えた。そう!。氷点下のルスツではタキシードもビーチサンダルも日焼け防止キャツプも不要だ。羽田空港には8時に到着をしたが当然、今回のスノボーツアー参加者本隊80人は先の便で千歳に飛んでいた。予約していた時間の9時半までサクララウンジで待った。金田リュージは今年も熱を出して欠席で羽田から自宅に戻ってしまったのがチト悲しいなぁ。そして千歳までの空路も曝睡した。(意識的には完全にワープ。)千歳には北海道ユージン斉藤コウキが迎えに来てくれていてスノボーツアー本隊のバスを追いかけた。恒例のキノコ食堂で軽く食いホテルのチェックインは間に合った。皆と会えて嬉しいぞ!。早々に初滑りの準備をした。しかし今年も数日前まで雪が全く無くて不安一杯だったが、数日前に大量に雪が降ってものすごいラッキーにも新雪が楽しめた。ガイドのコウキのおかげでクローズしているコースもバンバン入れてパウダー食いも絶好調だった。今回は驫氏、イトケン、篠崎護、陽介らと暴走状態・・・。流石に今年の暖冬は雪なんて期待していなかったので感動も倍増だぞ!。夕方遅くにホテルに戻って快適な風呂で和んだ。今日は滑りっぱなしで、とことん疲れた。リフト券元取り度数は234%を達成。夕飯はイリモトから聞いた隣街のジンギスカンを食った。ジンギスカン屋の二階は突如の40人の乱入で大変な事になっていがメチャクチャに美味い上にブットびに安かったしで皆喜んでいた。その後はホテルに帰って泥のように曝睡した。しかし疲れたなあ・・温度差35度はスゴすぎる。
(※―1)ミスター驫(とどろき)氏・・・AMで知合うまで驫(とどろき)と読めなかった。年齢不肖もここまでいくと整形かと間違われる程に若作り。高校生の娘と歩くとカレシと間違われる。もと製薬会社エリート社員にして現在はAM生活。いつ電話してもゴルフ練習場またはコースに出ている、位、ゴルフ好きにはうらやましい生活。スノボーも年齢を超越して激しい滑り。体脂肪8%。(いったい何を食ってるんだ!!)

●最終営業日は好きだけど嫌い!。 ハゥアバウトュウー?。

11月28日、最終営業日も近く厳しい空気。インターネットのおかげで便利だが不便な感覚だ。とりあえず、起床後は砧公園へウォーキング&ジョキングを1時間。軽い朝食をして帰ってから自由ヶ丘の26年間通っている美容院で散髪。帰りに駒沢のスノボーショップでチューニングを依頼。なんとワックシングがタダ。(通常、ワックス作業は千円以上は取るのだ。)しかしタダほど高い物は・・・。今時は客の取り込みのためにどんな業界もあの手、この手で考えている。結局、グローブを購入した。帰ってお手伝いの敏ちゃんと秘書、土岐ちゃんの3人でパスタランチをした。午後は家でイライラしながら12月のスケジュール作製と最終の点数確認。○○は久し振りに電話したがやはり強烈な人格を疑う対応。そいつから発生したグループが盛り上っているからという連絡なのに人間離れしたカンジ悪い対応。一生付き合うのは止めようと決断。携帯電話のメモリーから削除。5時すぎに救世主の沖縄の祝嶺さんが注文をいれていて100万点を突破。スゴイ!。ざまあみろ!!。(なににザマみろぉーなんだろう。)ヤッター!!。新しい系列が独立。6時半まで東京にいて仕事をして明日は沼津で長男・元太朗のサッカーの試合なので今晩中に沼津に到着していないと辛いので東名高速の乗って沼津に向かった。

夕飯は遅くなってしまったので家の近所のとてもオシャレなカフェ・ブルーウォーターでボジョレーヌーボーを飲みながら一人で和みの食事をした。(一人でボジョレーフルボトル一本とグラス2杯を制覇。)一人もナンなのでパソコン開いて日記の整理をしたりメールをチェックした。カフェで薄暗く廻りはヨロシイ雰囲気の男女が72%。こんなオジサン一人和みは雰囲気を打ち壊しているのではなかろうか。オーナーの天野氏(イタリア名でイルアマーノと波田は命名)と駄弁ること1時間。しかしよくまあ色々と研究をしているし多方面に知識がある。流行っている店には当然に理由があるのだ。深夜に帰って点数を確認したら今月の予定は全てクリアーしていた。月末の開放感を感じながらベランダで夜景を見ながら再度、美味しくカンパイをした。小さな達成感を楽しんだのだ。これがあるからタマラなくAMが楽しいのだ。

●千葉の巨大郊外型店"ジョイフル""コストコ"にやられた!。 そして焼き鳥屋の進化を見た!。

10月14日、晴れ、朝起きて1時間、砧公園をジョキングをして発汗。ゆっくり入浴してから9時を目指して千葉へ向かった。(相変らずの早起き男)今日は格闘家・福井君(※―4)に付き合ってもらって、ジョイフル本田(※―1)とコストコ(※―2)に行くのだ。ボクのVV号(ブイブイ号)のナビゲーションは超頭が悪くて待ち合わせ場所を間違えてしまい格闘家・福井君に迷惑をかけてしまった。(このナビが馬鹿なんだ!、馬鹿なんだぁ!と事あるごとに言っていたら学習したらしく、どんどん馬鹿になっていった。)結局、福井君を乗せてボクの車に二人で乗ってジョイフル本田印旛沼店に始めての公式訪問が出来た。ここのホームセンターの規模は常識では考えられない巨大さで、アメリカのホームセンター事情に詳しい波田啓次郎氏もビックリの巨大さだった。きっと通常の体育館の20個分位あるとおもう。いやもっとかもしれない。とにかく品揃えもジョイフル本田は芸術的に素晴らしい。このホームセンターで売っている物だけで家なんか簡単に1軒建ってしまうほどの大物から小物までが売られているのだ。ネジ、釘から始まり工具類、窓、ドア、資材、床材、暖炉、園芸用品、・・・・結構、ピッチを上げて見ても丸々1日はかかってしまうだろう。どう見たって建設業者も沢山来ている。急ぎ足で下田・海の家《オキラクハウス》の必要な資材を購入してまわった。とにかく必要だった物が全部揃って大満足だった。照明器具なんて予算の半分だったぞ!。ランチを食い第二の目的地、幕張の"コストコ"に移動。1時間強しか時間が無かったがここも相当にアメリカ丸出しな巨大オモしろディスカウントストアなのだ。生活用品から始まって食材、ワイン、缶詰類などなど倉庫型巨大店舗充実の店舗で楽しくエキサイトな買物をした。ディロンギのオイルヒーターも格安で購入できてよかった。おっと!!。今晩は7時に茅ケ崎の相澤さん、佐藤昌美さん御一行と夕飯を御一緒する約束が入っているので慌てて帰ったが間に合わなくて途中の自由ヶ丘にワイン、資材満載のブイブイ号を乗捨てて東横線・学芸大學7時の待ち合わせに参上。相澤さん宅で先日会ったフレンチのシェフのお薦めの禅料理の店に皆で行ったのだ。僕は折角の機会なので最近頭角をあらわす藤田朋子さんを紹介したくて一緒に参加。ソサイボウ(蔬菜坊)(※―3)という武蔵小山にある店の前にタクシーで降り立つて驚いた!。なんと十数年前に良く通ったヤキトリハウスというヤキトリ屋が進化して"禅料理"なる新境地な店に変貌していたのである。オヤジ(店主)もなんとなくボクの事を覚えていてくれて懐かしかった。進化したソサイボウ(蔬菜坊)は抜群に美味しかったぞ。生まれてから食った事の無いモノが色々出てきて嬉しい。キノコ類の鍋は絶品だった。酒もゴキゲンだったなあ。シェフの坂本君も面白かった。昌美さんグループは皆さん上品で美しい。結構、飲んだのに酔い切れないのはその美しさが原因だろう。そして11時過ぎに解散。本当に美味しくて楽しい夜だった。僕はタクシーで戻った。今日もものすごい濃厚な充実した日だった・・・・・・・。
(※―1)ジョイフル本田 巨大ホームセンターである。本拠地は茨城方面らしい。とにかく品揃えはダイナマイト級で無いものは無い!。芝刈り機なんてエンジン付きでヒトが乗って運転してしまうようなサイズ!もある。1日いても全然飽きません!。
(※―2)コストコ(アメリカではコスコとも呼ぶ)の日本進出二店目。郊外型倉庫型会員制のディスカウント。アメリカからの直輸入品が多く店内はアメリカ丸出し。安い!、とにかく安いのだ。キャンベルの缶スープは明治屋、紀ノ国屋の半額。面白いものが毎回発見できる。駐車場は東京から買い出しにきた外交官ナンバーでいっぱい。店内には外人でいっぱい。面白いよ〜。
(※―3)ソサイボウ(蔬菜坊)である。とにかくウマイ。僕らが行ったときには辛口グルメ評論家の女性が友人と来ていた。そのうち"波田啓次郎の勝手でしょ"で紹介します。
(※―4)格闘家・福井君。この人は面白い。元は国会議員秘書。胸囲は1m○○cm。極真カラテを極めた格闘家。見た目は怖いがモノスゴイ優しくていい奴。グループも"類は友"を呼んでいて最高だ。一緒に夜道を歩くと安心。何処を切っても日本男児だ。現在EMカウント中、なのに下田の工事を良く手伝ってくれる。感謝だよ。

●O氏との時間は刺激的!。やっぱり大事なのは"夢"だなぁ。

10月6日(月曜日)曇り一時雨。朝一で沼津から東京に戻った。そして一時間のエアロバイクとストレッチをしてから入浴をして12時過ぎにミスターO氏と久々に会う事になって出かけた。O氏はAMが大好きな某超有名外資系証券会社で最年少重役まで上り詰めたエリートなのだがそんな空気は感じさせない。むかしは肩書きに相応しい体格だったが退社して20キロの減量。というか会社辞めたらストレスが無くなって痩せたのだそうだ。現在は現場を離れて名刺を5枚位持って自分のビジネスの管理をしているが社会経済情勢を読み取る分析力は凄く、会っていると勉強になりまくるのだ。(会社に在職中からサイドビジネスを半公認でしまくっていた。)やはり成功者は違う。広尾の自宅ビルまで迎えに行った。恵比寿の筑紫楼でフカヒレ蟹肉麺を食う。(これ相当にウマイ!)話題は世間話。そんな話しの中から、やはり成功している人間は一枚も二枚も上手だと痛感した。18ヶ所の不動産とキャッシュフローたんまり。自宅の広尾以外はローンは無し。(そのローンは保険代わり)そしてヘイマン諸島にダミー税金対策会社を持ち、河口湖に別荘・・・とにかく別格に成功している。フィリピンのミネラルウオーターの会社は200人の従業員を使い、従って一家5人計算で1000人をい食わせていると言っていた。そしてフィリピンに今、豪邸を建設中らしい。そんなにスゴイならもっと自慢してくれ!!。しかし謙虚で聞き出さないと話さない。昔、飲むたびに資産五億と年収一億円が目標とハッキリ数値的目標を上げていたのが印象に残っている。恵比寿のカフェでお茶を飲んで解散した。午後はオフィスにに戻って雑務をこなす。その後、近所に最近オープンしたニコタマの玉川高島屋に買い物に行った。とにかくブランド店がすべてあってビバリーヒルズかニユーヨーク五番街かという感じだ。しかしこんなブランド店が近所にあったってナンの役にも立たない。その後は目黒のオフィスに向った。今日は尾崎大が全デモをして僕がマーケという新パターンでミーティング。盛況だった。パーソナルの沖縄から引っ越してきたの本村麻美ちゃんが来た。白石喜一郎の友人はまたまたドタキャン。ひた向きに頑張るターサンが先日ハンマープライスで購入した(※―1)服装があまりに似合って驚いた。"ヒトは見たくれ"とは良く言ったもんだ。皆で4階のオフィスのラウンジでアフターをした。ニュージーのタケ(※―2)のフロントの斉藤君が来ていてみんなイイカンジだ。夢があってニュージーランドの永住を真剣に考えている奴らなので話しが早いし現実を理解している。次回の約束をして解散。深夜の目黒通りのお約束で自由ヶ丘にある深夜営業の本屋で立読みしまくって帰宅した。結構、1日の仕事を終えた後の立読みが好きだ。
(※―1)ハンマープライス 半年に一度、スタイリッシュな渡辺正人氏と一般人波田が着なくなった服をセリ形式で販売する企画。悲しい程に安価で流通するのだ。平均95%オフで流通。
(※―2)タケはスノボーのインストラクターで北海道で知りあった。相当におかしな奴なのだが夢があった。ニュージーランドに永住するのだ。そしてその夢は叶おうとしている。そしてやっとAMの可能性に気が付いてニュージーでがんばっている。

● 祝・イリモトさん!!。札幌のモノスゴイ濃厚で長くて短い1日。 アワタダシイ指数297点。

2003年9月28日、朝は5時半に起床して沼津から東京に戻って旅の準備をしてから羽田空港まで車で行って駐車場に乗捨てて8時半のJALで札幌に飛んだ。とても昨日、息子の運動会で盛りあがっていたとは思えないアワタダシイ状況。今日は井利元のダブル達成ラリーと誕生日なのだ。とにかく多忙な1日で千歳空港からそのままススキノの○寿司(マル寿司)まで行ってランチ。というか遅い朝食。この店は高級店でランチなんてやっていないのに井利元の顔で休業の日曜なのに開けさせたのだ。というか井利元(※1)の人徳以外のナニモノでもない。しかし、主人も午後から娘の発表会があるとかでアワタダシイ空気を出している。ゆっくり食いたいのにとにかくスケジュールが詰まっているので15分で食ってから会場に入ったら殆どラリーは始まろうとしていて、着替えて12時半にはスピーチの順番だった。(いっそのことマル寿司で弁当でも作ってもらえば良かったのに・・)真暗な会場なので少し話しにくかったが会場内の熱気はものすごいものがあったので話しやすかったし楽しめたナァ。(AM始める前は人前で話すなんて宇宙一に嫌いな事だったのに・・楽しむなんて。)しかし井利元の今回の達成は、一言でカッコイイ。井利元はニューWダイヤの達成ラリーと自分の37才の誕生日をこのラリーで飾ったのだ。そんな人間的魅力に溢れる男のお祝いラリーなので多くのハイピンが集まった。長友清、波田啓次郎、増田夫妻、山崎義幸、山崎タクミ、梶原夫妻そして薫DCAの豪華キャストだった。(自分の事を豪華メンバーに名前を連らねるのは気が引けるが・・)ラリーは感動的だった。何度もウルウルきてしまった。(※2)評判を聞きつけていた波田グループの姫路の重田グループがツアーをして感動を共有しにきていたのに驚いた。こんな志の高さが成功につながるんだなあ・・。ラリーの一部の最後に薫さんが登場。超感動的スピーチをして早々に空港に戻り東京に帰って行った。薫DCAはなんと札幌滞在時間4時間弱。あまりのVIPに北海道の唯一のリムジンのハイヤー運転手は緊張してキーを車内にのこしたままドアロックで空港でひと騒ぎ。みんな超過密スケジュールで大変だ。山崎タクミ氏は朝に東京本社でミーティングでマーケをしてから飛んで来た。きっとこの日を目標にイロモトもグループの皆も頑張ってきたんだろうなあ。表彰コーナーは素晴らしかった。終了後は今年オープンしたJRタワーのホテルの最上階のレストランでゲストで食事をした。長友氏とヘビーにワイン二本を飲んでしまった。そして三次会のクラブに向った。そこには推定300人が集まり盛りあがっている。ジャンケン大会、グループのコント、そして萬谷ダイヤのショーは"イリュージョン"と題した傑作であった。絨毯浮遊とマジックが呆れ返る凄さだった。笑いまくった。モノスゴイ小道具、衣装なのに井利元の為に自腹で準備をしたそうだ。井利元のライブもカッコ良かったなあ。(ラリー以上にこのショーがやりたかったんだなあ。)最後にハロートークして盛りあがって深夜に解散。他の人達はラーメンだぁ、カラオケだと向ったが僕はホテルに帰って倒れた。なんて体力のある人達なんだろうか・・・。しかしモノスゴイ濃厚で長くて短い1日だった。泥酔しながらのJRタワーのホテルの風呂からの景色は素晴らしかった。

(翌朝の清々しい景色の写真です。札幌は素敵な街だ。)

※1井利元(イリモトトシヤ)アイヌ語で"イリモト"とは打たれ強い、我慢強い、そして男らしいと言う意味は無い。しかし本当に井利元の打たれ強さというか精神力は普通じゃないと思う。精神力だけならプロレスラーより強く根性は相撲力士よりあるであろう。打たれ強さはバンタム級ボクサー以上だ。ナンだろう、この男の存在感とリーダーシップは!。最近は趣味的にプチマスモト化の傾向が少々見られる。
※2このラリーのビデオ・DVDは必見でしょ!。 toshiya@irimoto.net  見応え充分です。なにせ思いっきり赤字覚悟のラリーです。

● 少年の様に長い夏休みが明けた!。新会計がいよいよスタート。

2003年9月1日、新しい月となった。そして新しい年となったのだ。普段の月変りよりグッと気持は引き締まっている。AMしてると正月が年に2回あるような緊張感が好きだ。人生的には一年の初めの正月に決め事をして、9月にはビジネス的な指針を決定する。朝は、長い下田生活で海岸に車が置いてあった為に塩害が心配だったので洗車をして沼津から東京に戻った。昼前に東京に帰ってランチを秘書・土岐チャンと久々に食べて近況報告を聞いてからダラダラと様々な雑務をした。お気楽社長といえども1ヶ月も事務所に出社していないとやらなくてはならない事は結構あるもんだ。(という程に無い・・)でも近頃は殆どの緊急を要する仕事は何処にいてもメールだぁ、携帯だぁと連絡はついてしまうので夏休みしていても、その手の連絡事項は済んでいる。(だいたいモノスゴイ重要で緊急を要する仕事なんて無いし・・・)夕方までそんな感じで新会計に向けての事務作業をした。出していなかったメールも今更ながら謝罪を含めて100本以上出したであろうか。夕飯はアポを入れていなかったので自宅で酒抜き和定食。そして一人ミーティング(一人LMと呼んでいる月数回の行事。)の日となった。結構、色々な人に連絡をとってみた。連絡しようと気になっていた大山氏はボクと同年代で重役まで登りつめた証券会社・メリルリンチを退社して独立。フィリピンでミネラルウオータービジネスが好調だそうで良かった。10年前に知合った頃に資産五億、年収一億が目標と言っていたがキッチリと達成している。実に刺激だなあぁ。近々にランチのアポ。9月前半のランチアポと久々酒のみアポを10件位入れた。この日頃の"種まき作業"が明日の優良ディストリビューター発掘となるのである。そして気になる人々、久々なグループの人々とも随分と話した。9月というか今回計は本気で頑張るぞ!!。今やらないでイツやるのと燃えている。そしてスタートして19年目に冷める事も無くチャンと興奮して燃えられるビジネスに出会って良かったと思うのだ。・・・・・・勝負!!。

● 文部化学省推薦なとても夏休みチックな日、下田海の家≪27連休の6日目≫

8月6日、下田、海の家"オキラクハウス"の朝は早い。5時には誰かが起床して波のチエックをして、そのまま海に入るか再度、睡眠。海に入ってからもまだまだ意識はオネムが続いている。何せ起床してから5分30秒後にはポイントにいられる位の環境だ。(歯磨き1分、着替え1分、ボードを用意してワックス塗り1分、コーヒー飲んで波見て1分、庭から波打ち際まで1分、そしてポイントまでパドル30秒)今日は早朝に数人が東京に帰って行った。波はあまりなかったが、とりあえず海に入った。その後、8時には家に戻ってきて朝食をみんなで食う。3メートルのダイニングテーブルには12人で囲んで食事が出来て大家族的で圧巻だ。

午前は大和田剛と世間話しをしながらにパソコンで日記とメールの整理。こんな日々だと毎日しっかりつけないと昨日と今日、そして明日の区別がつかなくなってしまうのだ。午前中に宗一郎,元太朗、千景と剛とで下田軽四輪"下田号"(ダイハツ・アトレーで10万円で購入。)大浜の山奥の方に竹を取りに行った。そこには竹林があって太い竹が林立していて清々しい気分だ。宮崎駿映画に出そうな景色なのだ。そこで相当に危険な思いをしながら、やっとの思いで竹を3本切り出した。今日は子供達(時々大人達)の為に"流し素麺"をするのだ。ウフフ〜。そして帰ってからそれを流し素麺用に割ったり削ったりという作業をして昼前に完成した。庭のデッキで開催された"流し素麺大会"は大盛況だった。大和田剛&光さんの愛娘の真夏ちゃんも始めての体験で大喜び。ヒロリン家も、大山フェロモン律子、ウチの少年二人も喜んだ。(その後、連日やっていたら、ある日から全くよろこばなくなった。こんなものは年に一度やるからいいんだね。剛の知合いの岡本在住の安田一家も参加で面白い時間だった。その後は夏の基本"スイカ割り"をして盛りあがる。(夜は当然、花火大会だ。)午後も≪オキラクハウス)らしくダラリンと海に入ったりして過した。夕飯は子供が喜ぶというより酒飲みが喜びそうなバーベキューと料理を作って盛りあがった。またまた大和田剛チームが実に良く飲むんだなあ。信じられない量の酒ビンが転がってた。そして皆、意識不明となった。

● "少年の目に写るのは・・・・・"

7月20日、日曜日。朝起きてウォーキング&ジョキングを沼津御用邸記念公園方面に向った。このコースは鹿野川沿いでなかなか情緒があってヨロシイ。1時間の発汗。その後、10時までに出発準備して元太郎(長男、10才)と共に沼津の家から東京に向った。今日は石井キンスケEX主催のミーティングのゲストで渋谷AM本社のオーディトリアムでラリーがあるのでせっかくの元太朗の夏休み中ということで同伴をしたのだ。行きは久々にお気に入りのレンジローバーで行った。しかし今日で最後のロングドライブ。8年近く愛して乗っていたが菊地クンに見せて売却なのだ。別れは辛い・・・。昼頃に東京の家に到着して着替えて歩いてニコタマに向った。元太朗のリクエストでニコタマの商店街裏道の"ソババリュー"で食事。そばに卵とバターという不思議な味だったがそのキミョウさが以外に美味い・・・。そして電車で渋谷に向った。時間に余裕があったので渋谷東急ハンズで最上階からゆっくりと見て下りた。結構、面白いものが発見できた。外人が初めて観光旅行でトウキョウに来てこの東急ハンズを見たら何より感動するだろうなぁ。その後3時半にはアムウェイ本社に参上してイシキンミーティングに参加。畠山よし子ダブルがマーケをしていた。元太朗にショールームやらレコグニションの写真やらを見せてから楽屋で待機させて石井キンスケ夫妻にご挨拶と世間話、その後、ボクは約40分のスピーチをした。会場は500人以上の人が入っていただろうか。内容はどうしても下田≪オキラクハウス≫になってしまう。だって本当に夢の実現なんだから語りたいよなあ・・。(しかし緊張もなく気分良く人前でしゃべれるなんて凄いことだ。誰も信じないが、AMを始める前はこんな事想像できなかった。話し方教室に真剣に行こうかと思う程に上り性だったつたなんて誰も信じない・・。慣れとはすごい事だ。)ラリーの終了後はお食事会で六本木の中華・香妃園に行く事になってたらしいが、無理やり渋谷の台湾料理の麗郷に変更してもらった。なんと勝手なゲストであろうか。(考えたら香妃園を紹介したのもオレだった!)イシキンは快く変更受諾。しかし"麗卿"は素晴らしい。(波田啓次郎の勝手でしょ。バックナンバー参照。)ものすごく美味しい店だが小人数だと、やはり中華系で多品目が食べられなくて悲しいので今回みたいな大人数ならば美味いメシになるのは間違いない。皆で乱入したら参加者からは相当に喜ばれた。(ような気がする。)たしかに美味しかったし・・!!。その後、驫木氏に新横浜まで送ってもらって新幹線で三島経由で沼津に帰った。今日は元太朗と過せて楽しかった。父がラリーでスピーチする姿は10才の目にどのように写ったのだろうか。本社のレコグニションの写真は・・・父の生業であるアムウェイの会社は・・・しかし麗郷で老酒を飲みすぎたのかなあ・・。新幹線で寝たら最後と思いとても辛くキツイ時間だった。夏の初めのワクワク感イッパイの素晴らしい1日だった。 もうすぐ夏の28連休が始まる・・。

● 大阪"ヘッケルラリー"でタマには適度な緊張感・・。

7月6日、晴れ、朝は発汗がエクスタシーなのでウォーキング&ジョキングをした。沼津の海ではトライアスロン大会が開かれていて・・・苦しそうだった。少しの時間だけスイムからサイクリングに移る選手を見ていたが、決してやってみたいとは思わなかった。マッスンはどんないきさつでトライアスロンを始めたんだろうか・・。誰も楽しそうに走っていないゾォ!!。家に帰って家族で朝飯してから、準備してデコに沼津駅までおくってもらい、西武デパートでサンドイッチ購入してから新幹線で大阪に向かった。今日は大阪ヘッケルラリーのゲストスピーカーなのだ。車中、電気のコンセントを抜いたみたいに曝睡。そして起きてから読書。スケジュール調整とか大阪までの3時間のグリーン車は実にノンビリできて好きな時間だ。飛行機の移動だと何故か、こうはいかないのだ。新大阪からヒルトンホテルに向った。ヒルトンは今では大阪の老舗になったが最近の新しい、どのホテルより好きだ。ホテルでチエックインして着替えた。ゲストスピーカーなのでヘッケルが取ってくれている部屋はスイートなので気分はヨロシイ。(薫さんに感謝)ラリーは午後の第二部だったがスピーチはなかなか頑張った。多分、期待に答えられたと思う。そして、終了後に姫路の重田夫妻(EME)と息子(頼宏氏、DD)、そしてダウンのSPになりたての小林英樹(21才、本職はトビ!)とヒルトンのラウンジで、お茶を飲んだ。重田家のAMビジネスはファミリービジネスでみんなが楽しそうだ。話題には事欠かないというカンジ。完全な世代交代が進んでいるぞ。そして、その後は4部の薫DCAのスピーチを聞いた。やはりブルブルに感動してしまった。何故、薫御大の話しをきくとこんなにまで元気が出るんだろうか!!?。アフターのお食事はヒルトンの中華 "王朝"だった。中華に合わせて出されたワインが実に美味しかった。そしてワガママに薫さんにリクエストして裏メニューのネギラーメンを注文してもらい食ったが上品で美味しかった。以前に薫家でピアニスト・ブーニン氏に王朝の裏メニューのネギソバの話しをしていたのを思い出したのだ。少し飲み足りなかったがそんな事を言える筈も無い。部屋に帰って一人ダラダラとしながら電話各方面にして酔っ払い状態がバレていたが、次週のアポが数件入って満足な、そして長い1日が終った。

●実は告白します。男性ファッション誌"ブリオ"に出ちまいました。 《今更、報告が遅くてスミマセン。根っからの露出嫌いなんです。》

6月30日、月曜日で最終営業日。朝から忙しいのだ。7時過ぎに起床。オレだってタマには朝から忙しいのだ。朝一で月末のポイントをチェックして、昨晩整理したホームページの更新用原稿を再度読んでから大島の送付。オフィスのスケジュールの最終信をチェック。後に砧公園で1時間のウォーキング&ジョキングをしてコンセントレーションを高める。軽い朝食をしてから珍しく洗車を2台。(車は好きだが洗車が大嫌い。)そして自由ヶ丘の美容院・アパッシュで髪を切って世間話をしてから買物。実は今日は午後にファッション雑誌"ブリオ"の撮影なのだ。

そして帰ってから洋服の選択をクロゼットに入って30分・・いや10分。いやいや5分・・コーディネートした割りにはこんなもんかと言う程度のコスチュームだが・・。神戸の洒落モンの細見寛氏の紹介で"車は人を語る"というページに出るらしい。大体に"ブリオ"っつう雑誌が金持ボンボン風の奴が父親に買ってもらったフェラーリですぅぅ・・みたいなのが出ていて恥ずかしいというか軽蔑の域に入るマザコンというかヘナチョコヤローみたいなのばかりなのが気に食わないのだ。(相当な偏見である・・・結局、出たくせに・・)まあ、編集者がオレの意志を尊重してアップは避けてくれたので承諾。名前もそのままだと察しがつかれるのもイヤなので偽名(という程ではないけど・・・ケージローになってます。)しかし実際には愛車、ロータスエランが主人公だったのでオレの存在なんてタイした問題では無いが2時間位で我が家の室内、車の要所要所は押さえて写真撮影と取材を終了。

その後は田園調布の歯医者に行ってから7時にニコタマ(二子玉川)でプロスペクトの○○氏(※―1)と食事をした。波田と同世代の○○氏が転職で苦労しているなんて信じられない。(45才)メチャクチャ人生にやる気がある人なのになぁ。学歴だって立派だし、職歴もスバラシイ。でも再就職はなかなか難しい時代らしい。こういう人は人から使われるのではなくて自分の仕事を持つのが正しい道である。やはりAMみたいな仕事を勧めしなくては罪なこと。なにか他の事業を立ち上げるにしろ平行してAMを取り入れる事は将来設計上は必要でしょ。人生の意味とか目的を考えたら・・・・結局、食事中そんな話しになっていった。人生はたったの1回。ならば誰かの利益の為に時間の(人生の)切り売りなんて悲しい。そんな○○氏の仕事を応援出来るのもウレシイ事だ。・・・・そして数本のワインが空いていた・・・・。またして意識不明の泥酔・・・。
※―1 ○○氏は晴れて新らしい仕事を探して、いまはAMもスタート。一年後には、つまらない経済的な問題なんかとオサラバ出来るようにビジネスを構築していく事業計画だ。

●下田海の家《オキラクハウス》素人集団改築計画・その2.いよいよ戦いは始まった!!。真夜中の海岸に鳴り響く電動工具の爆音は不気味以外の何モンでもない。

6月11日、曇り、オキラクハウスの素人集団による改装工事《第1期工事》二日目。いつ終るか、どれだけかかるか、わかっていることは作業するのは素人で予算は無い。終りの見えない第1期工事に勇気あるものが集まった。そして頼るは大工ハマーと"日曜大工の全て"というノウハウ本。常識では考えられないウルトラプロジェクトだ。昨晩も遅くまで作業していた。真夜中の海岸に鳴り響く電動工具の爆音は不気味以外の何モンでもない。

夜中に浜松から鈴木道彦チームが来てくれていた。大塚、名高そして小栗夫妻と静岡の名桐氏、名古屋の高橋氏。青木夫妻。昨日からの大塚健司と阿部ちゃん、そして大工ハマー。手弁当(無料奉仕)というムチャクチャな労働条件に関らず来てくれている。ものすごい人数でペンキの下地作り、壁のブリック張り、天井ペンキの準備、キッチンの棚のペンキ塗り、各所お掃除、地階のブロック壁のシーラー塗り、床ハリの準備(※―1)、ドア外してペンキ・・・・とにかく恐ろしい数のやるべき事の山である。こんなこと一体ダレが素人でやろうとするのか。しかし現場には笑い声が絶えない。浜松チームは表玄関のファサードを枕木で作り出した。これはけっこう傑作だし、白玉砂利を入れるというのは相当にナイスアイデアだ。しかし片付け様と思うほどに仕事が涌き出てくる。浜松の青木君は元建具屋で扉の修理、襖、障子の張り替え、ドアの調整、製作など素人では出来ない仕事をしてくれた。昼は食う場所もないので適当に外してあるドアをテーブルに床に皆で座ってソーメン・ランチ。夕方まで皆、本当に頑張ってくれた。

夜になって皆で大和館にお風呂に入りにいった。女将が大変だろうということで作業中はお風呂を貸してくれるというのでそのお言葉に甘えた。(その後、数十日超汚い大人数で風呂を借り続けでしまった・・・感謝)ここの展望風呂はすこぶるゴキゲンでびっくりした。本当に疲れが吹っ飛ぶ。そしてメシはハダズフェイバリットの"ゴロサヤ"(波田啓次郎の勝手でしょバックナンバー参照)に乱入した。浜松チームは車中泊、ミツチームは民宿にステイ。庭のテントに泊まる者、現場にてキャンプ用簡易ベッドで寝る者、とにかくスゴイ状況でみんなで休んだ。いつまでも波の音が心地良くてこんな作業所みたいな所なのに快適睡眠がおくれた。明日もやることが山ほどあるぞ。頑張ろう!!。皆に感謝だ。きっと最高な夏がやってくる。(そしてこのプロジェクトはこんな調子で約20日間、のべで125人が手伝いに来てくれたのだ。)

(※―1)たかが床ハリといえ、合板のフローリングもどきではない無垢(むく)の板を一枚ずつ張り込んだ。そりゃ簡単なのは一般的な合板だが、素足で歩いたときの感覚が全然違うのだ。そしてペンキではないオスモという自然系の塗料を5回塗り。そりゃスバラシイぞ!!。

●下田海の家《オキラクハウス》この大仕事、相当部分を素人、いやド素人である自分達でやろうと壮大な計画。そしてこの夏を楽しむためには時間制限までついている恐ろしいプロジェクトなのだ。やるしかないぞ!!。

5月24日土曜日、沼津での朝、天気は晴れ。7時過ぎに起きてウォーキング&ジョキングで沼津港周りで海岸コースを走った。そして10時に東京から大工のハマー(※―1)に来てもらって一緒に下田に向った。今日は下田の工事計画の下見をして作業計画を立てるのだ。元太朗は友達のタイガ君を連れてきた。4人で昼前に到着して下田で回転寿司に乱入して、みんなでランチ!。元太朗友人タイガは僕の倍位、バクバクと高級食材ばかり食っていた!!。ウニ、アワビを食う屈託の無い少年の前には金、銀、ハデ系の皿が立ちあがり、オレはアジ、イカ、サバの青い皿ばかり食う。(まあ、それが好きなんだから良いじゃないの!)そしてシーハーしながらホテル大和館にビーチハウスの鍵を受け取りに行ったら女将の中川さんがいて子供とハマーを優しく迎えてくれてラウンジでアイスを御馳走してくれた。波田はこの女将程美しくインテリジェンスに富んだ女性を見た事が無い。今回もこの家の件で交渉している際に何度もボーッとなってしったほどに美しいのだ。そして鍵を借りて、ハマーとビーチハウス(仮称)に行ったら庭師を入れてくれたみたいで見違える様にキレイになっていた。

といっても10年間未使用に近い状態だったのでやる事は沢山あるのだ。その後、夕方まで時間を忘れて室内の計測、傷んでいる部分のチェック。ハマーと作業上の相談,材料の考察をしながらデザイン上の相談をしまくった。また不要なカウンター外し、ドア外し、そしてジュータンの撤去、最後には床に穴を開けて地下への階段の新設する位置を確かめたりした。少し考えたって、マスターベッドの天井、リビング、キッチン、ベッドルームの床張り(約40畳)、壁の全面ペイント、一部は漆喰壁の塗り直し、キッチンの造作しなおし、地階倉庫を床を張って部屋にして泊れるように改造。玄関部分の作りなおし、庭の造作、バルコニーの防腐ペンキ、和室の壁、天井全てペイント、シロアリにやられているハリの入れ替え、電気の引きなおし、上下水道のチェック・・・・果てしなく仕事がある。書き出したらメマイがした。でも、この"下田海の家"は手の入れがいのある素晴らしい建物なのだ。(※―2)しかし、この仕事は誰がどうやってコナすのであろうか。なんと、この大仕事、相当部分を素人、いやド素人である自分達でやろうと壮大な計画があるのだ。そしてこの夏を楽しむためには時間制限までついている恐ろしいプロジェクトなのだ。そしてそして予算なんか、全然無いのだ!!。だんだん相当不安モードも入ってきたゾ。夕方に時間も遅くなってしまったので沼津に戻り、素晴らしき定食屋"ヤジキタ"で夕飯を食った。その後、ハマーとカフェ・ブルーウオーターで打ち合わせをした。オーナーの天野氏も加わり盛り上がった。しかしやる事も山盛りだが、デザイン上の決めなくてはならない事も山盛りだ。ヤルからにはハンパ無い最高なモノに仕上げたい。だって、これこそオレの夢そのものだったのだから・・・。
(※―1)大工ハマー 大工ハマーはニホンジンである。浜憲工務店という3代続く宮大工なのである。そこらぁのデェイクゥ(ダイクの江戸っ子読み)とは訳が違う腕前なのである。そんな心やさしきハマーは何処までもボクの我がままに付き合ってくれて下田に共に寝泊りする事,数十日となった。しかしその仕事ブリはお見事。今回の工事で絶対素人には不可能な部分、また技術的な事を我らド素人軍団に丁寧に教えてくれたのだ。下田海の家の庭に銅像でも立てなければイケナイくらいに尽力をつくしてくれたサイコーな男です。だれかオヨメサンにいませんかぁ!?。そして良い仕事しまっせ!!。
(※―2)下田・海の家。波田の夢だったビーチサイドの家。32年前にアメリカ人、ロバートニコラスラテンバーグ氏が建てた。豪華ではないがキュートなビーチハウスでフロリダの片田舎の水辺にありそうな建物。現在の法律ではありえない建物なのだ。

●屋久島で色々と癒しましょ!!。どんどん癒しましょ。(SARSの不安で香港セミナーは中止。そのオフ・スケジュールを利用して初の屋久島へ・・!)

5月19日、月曜日。朝から屋久島への出発モードで戦闘状態!。家族全員が早起きして子供の弁当の準備をして3人のガキを7時15分に学校に送り出して沼津を7時半には出発することができた。まさに戦争のような朝だった。東名には7時45分位には乗れて東京の家に順調に到着してタクシーも9時前には迎えにきてくれてセーフ。相当に時間的には心配モードだったので安心した。オネーサン(※―1)を奥沢まで迎えに行ってそのまま羽田空港に突進!。10時50分の鹿児島行きに無事に乗る事が出来て鹿児島空港でトランジット。そこで昼食。鹿児島空港というだけで黒豚を食わなくてはイケナイと考えて一路、ラーメン屋に入る。九州巡業から直接参加の渡辺正人氏とも空港で会えた。屋久島空港には天候不良で引き返しの可能性と言われてビビッたが無事に到着した。素朴な屋久島空港には小笠原さん(※―2)が迎えに来てくれていてそのまま今回の宿泊の小笠原家に向う。太平洋を一望する家は平和で部屋も過しやすそうだ。草木も手入れされて素晴らしい環境だ。貸してくれたタウンエースで4人でドライブに出かけた。ガジャマロがウヨウヨと生えている公園を見学。そして汗を流しに楠川温泉に行ったが混んでいて諦め。(有名なのに3人しか入れない浴槽。そして混浴。)そして平和な海亀の産卵で有名な"いなか浜"に行ったが、ここはゴキゲンだった。真っ白い砂が可愛くて袋に入れて持って帰った。最初に宿泊を予定していた"送陽亭"はなかなかな景観だった。小笠原家の夕飯は6時で、それまでに戻った。夕飯は完璧で鯖の刺身が絶品。(名物の首折れサバ)またカンパチも物凄い美味しい。大好物な島ラッキョウもバカスカ食べた。焼酎は"愛子"と"三岳"(※―3)が用意されていて屋久島ムードは絶好調。本当に美味しかった。最後に鯖のシャブシャブを食ったが、これも超美味い!!。絶品中の絶品だった。とにかく倒れそうなメシの美味さのオンパレードで感激だった。

オネーサンがブッちぎれて泥酔して倒れてそれを見て冷めた。なぜか自分以上に酔う人間を見ると酔いがさめるなぁ・・。英子さんも酒でハイテンション!!。それ見てまたまた冷めた!!。コラァァ俺より酔うのはヤメンかぁ!!。しかし小笠原さんは相当に面白い人だ。また島のラグビーの後輩も来ていて色々な話しを聞けて和めた。実に屋久島的な素晴らしい夜であった。屋久島は年300日、雨と言われているが明日は晴れの予報。勿論、山に出かけて屋久杉森林浴でも楽しもう。もう一度、いなか浜のも行ってみよう!!。たった東京から2時間半でこんな楽園があるなんて・・・。今日だけで緑を見すぎて視力が0,3位上がった気がするぞぉ・・。
※ ―1 オネーサン。度々、この日記に登場の鈴木啓子女史。名門・慶応ラグビー部の女史マネージャーという経歴で察しがつく性格と面倒見の良さ、そしてサッパリとした性格。波田のマブダチ。
※ −2 小笠原さん。元・プロ野球のピッチャー。肩を故障して引退。そしてその3年後には初挑戦のラグビーで日本代表に選出。(事実!)その後はワールドラグビー部の鬼監督となり全国制覇へという輝かしきメチャクチャな経歴。ルックスは長身で日本男児そのもの。星飛馬の父、星一徹氏にそっくり。合宿に訪れた屋久島が気に入って住んでしまった。オネーサンの知合いで、自宅に招待してくれたのだ。屋久島滞在中、一度も外食なんてしなかった位、美味しいモノを食わせてくれた。そして陶芸への造詣も深く素晴らしい器にふれられた。
※ −3 "三岳"は焼酎である。イモ焼酎なのに香りが素晴らしく美味しい。屋久島島民は99,7%、三岳しか飲まないとのこと。それ以来、波田も三岳にはまり、調達して飲んでいる。ラベルが超カワイイのだ。

●“猫に小判、波田に高級ワイン”でも美味かった!。それはわかった!。

5月7日、水曜日、晴れ、午前中に砧をウォーキング&ジョキングすること1時間。のんびりと入浴して昼メシを食った後に原宿の写真家・寺内マサト氏の写真教室に出かけた。昨日、宿題の提出に間に合わないので急ぎで受けてくれる青山ラボにて写真をピックして原宿に向う途中で表参道の交差点で非常識でアホなオンナに愛車をぶつけられた。その女はぶつかっているのにシカトして逃げ切ろうとしている。とっかまえて文句言ったら娘の塾の送りで急いでいるという。唖然・・・・!。そして警察を呼ぶように言ったら拒否。仕方なく警察を拒否されたので一筆もらい解放。本当にアホで非常識な女だ。きっと馬鹿なガキに育つ事だろう。その後、FоBで皿乾かし棚を購入。思わずカワイいランプシェードも購入した。下田リニューアル計画の備品揃えはもう始まっている。寺内オフィスでの写真教室は実に勉強になる。一緒に習っているのは渡辺正人氏と岡里栄子さん。3人で有名人・寺内先生から写真を教えてもらえるなんて、丸山茂樹にゴルフを教えてもらうほどに豪華な話しだ。今回の講義も面白かった。僕の宿題は苦労のかいあって誉めてもらえた。5時過ぎに終了して、大急ぎで首都高で帰宅。そして夜のワイン会の準備をした。本日は金森信一夫妻とまたまたイイヒト・荒川夫妻が素晴らしいワインを御馳走してくれるという。(※―1)僕に出来る事はなにかということで、僕は自宅を場所提供。しかし良く考えたら誰がメシ作るの・・・・ということで、僕が担当。そうなんです。その気になれば出来るんです。サラダ、トマト、牛タン塩蒸し、牛のワイン煮、ゴルゴンゾーラのペンネ・・・どうダァ!!。写真教室があって仕込ができなくて前の晩から準備をしておいた。食事はなかなか評判がよかった。今回の参加者は城野夫妻、金森夫妻、荒川和彦、残念ながらヒロコさんは病欠、波田、そして正人氏、岡里栄子だった。相当に美味しい上等なワインのオンパレードで感激だった。リエちゃんと荒川氏が波田タクに宿泊した。僕は意識不明でいつか、就寝していた。 ※―1 その晩に飲んだワインを御紹介しましょう。ルイロデール・クリスタルグリュット(1996)、シャトーオーブリオン・ブラン(1981)、プチシュバル(シュバルブランのセカンド)(1997)、シャトーモンローズ(1976)、シャトーレオビルラスカーズ(1984)、シャトーオーブリオン(赤)(1976)、シャトーオーゾンヌ(赤)(1976)・・・・・・・フルトンストリート。

●夢がかなった。本当に叶った!!。

5月5日、朝起きたのは5時半。下田に来ていると夜が早寝で朝が早くなる。それにしても早過ぎるぞ。昨晩も興奮状態で寝られなかったのだ。今回はホテルジャパンに宿泊しているので、上から海岸を見下ろして憧れのアメリカンハウスを眺める事1時間。昨日、初めて内装をを見せていただき衝撃的にカワイイ内装に感動をうけた。おかげで昨晩も良くは寝られなかったのだ。外観から想像していたものの570倍位カッコ良かったのだ。朝メシ前にホテルの洞窟風呂に入浴して、その後、ホテルのロビーの朝市を見学してから朝食を食った。ここの朝飯はすこぶる美味い。その後、散歩がてらビーチハウスを外から見学。見るほどに素晴らしい。少しビーチで子供を遊ばせてからゴールデンウイークの渋滞を避けるために早めに帰宅する為に下田を出た。少し混んだが渋滞回避裏道を駆使して昼には沼津に到着して、お気に入りの映画館前のラーメン屋で昼食をした。なんと今日は子供の日で子供のラーメンが何を食っても100円という企画でラッキーだった。オレってどうしてこんなことがやたらにウレシイのだろうか。その分、混んでいたが結構な企画だと思った。このラーメン屋は店員も調理場も全員女性で和風のラーメンを得意とするのだ。その後、自宅に帰って少しだけソファーでウタタネ。夕方に香貫山山頂までウォーキング&ジョキングをした。気分は壮快。ここからの景色は絶景で駿河湾、伊豆半島、箱根、富士山、沼津の町が見渡せて絶景なのだ。子供達もここが気に入っている。そのまま帰ってから宗一郎と元太朗を連れて鶏肉屋と魚屋に買物をしてから海岸まで自転車で行って和んだ。メシは自宅で"和みメシ"。朝、下田で買ってきた竹の子やら何やらを食い焼酎を飲んだ。そして食事終了後にパソコンで日記を書いていたら、運命の"下田の老舗旅館の女将"から電話がかかってきて下田のビーチハウスを提示していた金額で譲るとの事で連絡をもらったのだ。この上ない喜びだ。強運すぎる。感激しまくった!!!!。夢はやっぱり叶うんだぁぁ!!!。お仕事頑張ろう。今夜は寝れないかなあ・・・。

※―1 下田は素晴らしい街だ。下田にはまって20数年。一年中この地に通っている。抜群にキレイな水、そして白い砂のビーチ。人もメシも素晴らしい。そしてここに素晴らしいビーチフロントのアメリカンハウスの所在を意識し始めたのが10年前、3年前に調べ始めてオーナー(老舗旅館の女将)に出会えて挨拶できた。それから嘆願するこ3年。そしてこの春に、売る予定は無いと言っていたのが急転した。誠意が通じたと解釈しているが、僕のその家に対しての強力な思いが通じたのだ。そしてこの5月5日に波田のモノになる事が決まったのだ。築35年のアメリカ人が建築したこの家はアメリカそのものだ。パーーーーフェクト!!。夏までにデザインと修理計画を立てて10年間使っていなかったこの家を生き返らせるんだ!!。

●第20回記念のグローバルフィッングトーナメント。 なんと参加者170人も集まって釣り大会が開かれた。普通じゃない!!。

4月29日、晴れ。朝起きたのは4時前で5時に集合の芦ノ湖(箱根)で行われるイトウシンペイの釣り大会(グローバルフィッシングトーナメント)に向った。今回は第20回ということで全国から170人もの釣り人間が集まった。僕は長男・元太朗少年とバスプロ鈴木(※―1)とその友人の4人で参加。6時に開会挨拶が行われそれぞれがボートで出港。天気もヨロシク気分が良くてついつい釣れなくてもイッカァと言う気分になってしまう。芦ノ湖は緑も深く富士山もキレイにくっきり見えて実に平和な景色だ。それにしても、今回も全然釣れない。完全に魚に無視されているではないか!!。普段魚ばかり食っている恨みなのかなあ・・・・。元太郎は過去5〜6回この大会に参加しているが、一度も可哀相に魚に触れていないのだ。釣るのはマス(トラウト)かバスなのだが、目の前でジャンプしているのに釣れない。今回は絶対に釣ろうと決断していたのに!!・・・・。また、今回は元太朗に釣らせてやりたくてリールまで買ってやったのだ!!。お父さんしっかりしなくては!!。しかし結局、昼までに魚を見ることもなく、とりあえず集合というか今回は20回記念大会なので特別にランチが用意されていた。170人が平和に芦ノ湖の湖畔の駐車場でカレーやらサラダやらを食ってビール飲んで談笑。しかし、すでに釣っている人もいるんだよねぇ・・。我が班の鈴木氏はバスプロと言って本業の釣り師なのにまったく釣れないのは困ったもんだ。悠長にランチを食っている暇はないのでサッさと出陣した。午後も魚を見ることもなくリミット時間の午後3時になった。全員上がってから釣った人は計量をした。170人中釣れているのは、たったの17人。10人中1人しか釣れていないんだなあ。驚いたぁ!。表彰式は今回とても盛り上がり、賞金は15万円だった。また今回は"中島薫賞"も出ていて面白かった。今回、わざわざ神戸から来ていた細見寛氏を三島駅まで送迎して沼津に帰った。力が余る波田は夕方に香貫山頂上までウォーキング&ジョキングをした。夕飯は育ち盛りの少年、少女の強い希望で焼き肉屋になった。結構、ホルモン関係が充実していて美味しい店だ。結構、疲れた。そりゃ5時前から起きてれば疲れもするわなあ。焼き肉屋での焼酎が効いて、帰ってそのまま倒れて意識を失った・・。
(※―1)バスプロ鈴木氏。現在はプロとしての釣り師は引退しているが、ちゃんとスポンサーがついて釣りを生業としていた本物の"バスプロ"だったのだ。そんな職業があると知って驚いた。アメリカだったら億万長者も夢ではない仕事なのだ。しかし今回はそんなプロでも駄目なもんは駄目だったのだ。

●日々のお仕事は種蒔き、水やり・・・・・必ず芽が出る!。うふふ〜〜〜〜!。

4月23日、曇りというか雨、昨晩は飲んだ割には、あまり二日酔いもなく快調だ。ニュートリを朝食として食い、その後、健康人間は1時間のエアロバイクをして発汗。320カロリー消費。更に最近、習得しつつある"ヨガ"で身体をほぐした。朝一から波田のお抱え大工のハマー(浜田君)がバルコニーの修理に来ていたので家具を移動する手伝いをしていたら隣人の阿部婦人と会ったので突然だったが本日の山本ヒロコのナベデモに誘ったらオッケーで10時半に家の前を出発して九品仏に向う。本日はモノスゴイ参加人数で驚いた。25人以上が来ていただろうか。阿部さんは楽しんでくれたと思うし質問も出ていたので良かった。大分、使用方法に理解をしてくれたかとおもう。帰りに参加していたノンナ( ※―1)を柿の木坂の自宅まで送りついでに阿部さんと一緒に家を見せてもらい、その後、送って帰った。というかトナリなので送るも何も無い。その後は自宅で雑務をして過した。夜は7時に山崎恵美の友人で少し老け顔の中川君にマーケを話すために目黒で待ち合わせて大戸屋で食事をした。そしてオフィスにてマケを話す予定がオフィスに行ったら渡辺文彦(※―2)が藤田とミーティングをする予定らしくて、そこに乱入させてもらった。中川氏はわかったのかわからないのか・・・。まゆっくり考えてもらっていいんじゃないかなあ。頭がヨロシイ人らしく・・・考えすぎるってソンなことなんだなあ。別に説得してやる仕事じゃないしなぁ。深夜、帰り道にある目黒通り沿いの自由ヶ丘の本屋で趣味の立読みしまくってから(約30冊は目を通した。実は2週間に1度の慣例です。)帰って2時に就寝した。今日も平和だ。
※ ―1 通称ノンナ、本名は川口文子さん。なんと78才にしてダイヤモンド。素晴らしい女性度ナンバーワン。ノンナとはイタリア語でオバアチャンという意味。娘さんとノンナ&シディーというイタリア食材の輸入会社も経営。2005年には80才のバースディーパーティーを開きますよ!!。目黒区の築30年の超オシャレなマンションに在住。(オシャレとか言ってるけど実は波田がデザインしました。)
※―2 渡辺文彦 フミヒコは多分,40才位。ルックスはもっと若いが。波田が生まれて始めて会った東京大學卒の秀才。でも、低学歴の僕が言うのはナンだが、何処か抜けていてナイスなキャラクター。交際範囲も面白い。現在S。(シングルじゃないよ!)あまり夜遊び人でもないのに西麻布に在住。

●獏(ばく)さん、ごめんなさい。陰陽師(おんみょうじ)は一夜漬けでした・・・・・。

4月4日、とても快晴。朝は6時半に起床してしまった。まったく酒を飲んでいない翌日は健康度がグッとアップするのだ。日課の砧公園に向った。素晴らしいサクラを見ながらのウォーキング&ジョキング1時間はゴキゲンだ。今日はデジカメを持参していって撮影した。その後、玄米和朝食を急いで食い入浴、そして準備して10時半から行われる目黒のミーティングに向かった。今日は大島Rとの朝ミーティングで参加者は12人程度だが波田グループが沢山で嬉しかった。ミーティングは盛り上がり、そして終了後は深沢一江さん,鹿田さんと妹さん、大島、兵庫のDDの森垣さんの息子と目黒駅前の中華・上海園で円卓を囲んで中華をした。とってもオモシロイ時間だった。その後、恵比寿で沖縄から帰ってきた高橋伸二と会った。今日は天気もヨロシかったので愛車・ロータスエランだったのだが、駒沢通りに車を停めた際に100b先からでも識別可能なシンペイの1962年型のサビと汚れの塊のビートル(通称イッペイ号、絶対に年収三千万円の人間が乗ってるとは誰も信じない。)がやってきた。手を振ろうと構えていたら助手席に乗っていたのは薫DCAでビックリ仰天だった。ホワーーイ?。信ちゃんとはガゼボでミーティングをした。今後は頑張って来期にはエメラルドになれるように応援しよう。その後は恵比寿で時々寄るセレクトショップ"トゥモローランド"春物のチェック!!。そして何故か空いている目黒通りをエランでかっ飛ばして一度、世田谷の自宅に帰った。着替えたりして夕飯を自宅で軽く食った。深夜に食うのは避けたいし、またキリマンジャロから帰って3`体重が落ちて気分は壮快なのでなんとしてもキープしたいもんだ。昔は燃費が悪くてスグに空腹になったが、最近ではエコロジー仕様になって燃費ヨロシク快調だ。夜のミーティングの前にニュージーランドで最近頑張っているフロントのタケがスポンサーしたタカ君と会った。そして色々な話しをしてミーティングを見せてあげた。夜のミーティングは面白かった。パーソナルも来たし充実感ありなミーティングだった。アフターは遠距離者が多く無しで解散。次回のミーティングのチェックをして、新規の人々と挨拶をして解散。帰りにツタヤで映画"陰陽師(おんみょうじ)"を借りて帰った。何故なら、明日、誘われたホームパーティーに原作者の夢枕獏(ゆめまくらばく)氏と同席するのだ!!。映画は見ていなかったので面白かった。まあ、明日はオーパスワン(メチャウマのキャリフォルニアワイン)を飲む会なので予備知識より肝臓強化が大切かもしれない。12時半に就寝した。今日も絶好調だった。

●世界的ピアニストが民家に来てしまった!!。

3月25日、火曜日、雨。朝8時だが、春休み中で子供も奥さんもまだ睡眠中。なんだか腹が減ったので一人で先に昨日の残り物などで和定食を食った。午前中に家族全員で出発の準備をして東京の家に向った。昼過ぎにニコタマ(二子玉川)の明治屋で買物をする奥さんを下ろしてから自宅に帰ってランチの準備をした。(※―2)土岐チャン含めて子供とパスタランチをした。自我自賛だがなかなか美味しい納豆スパゲッティーだった。午後にはナンダカンダと雑用をしたり、エアロバイクをこぎながら発汗。溜まっていた新聞を生産的な時間で読破できてとても有益だ。今晩は春休み中ということで夕方からバーベキューの準備で火を起したりテーブルセットをしたりした。6時にこの四月で小学校一年生になるスミレちゃんを連れて渡辺正人家御一行が到着。早々に乾杯してしっとりと盛り上がっていたら、ブーニン家に遊びに行っていた長男・元太朗が帰ってきて、後からブーニン氏の御子息○○君がくるという。(※―1)アッソーと聞いていたら、一緒にお母さんも来ると言う。そして、ついでにお父さんも来ると言う。それはピアニストのブーニンさんじゃないの!!。いきなり慌しいモードになって準備をしていたら本当にブーニンさんが我が家にやってきたのだ。驚いた。(勿論はじめてのことだった。)そしてブーニン夫妻歓迎の乾杯!!。ブーニン氏は相当に飲める様子で盛り上がった。そうしているうちに正人氏が至急に中島薫・御大に電話連絡をしたら偶然にも等々力の自宅にいてタクシーで吹っ飛んできたのだ。(その間わずか23分18秒)中島薫氏はブーニン氏の大ファンで前から会いたがっていたのだ。そして会話の流れは一気に薫さんになって、ファンとしての記念品贈呈大会。薫流写真集からスタートして、薫さんがデザインした伊万里の贈与、シャトーラトゥールの開栓、フルーツの贈与・・・・と目まぐるしく続き、ブーニン氏も御満悦。そして薫さんはブーニン氏の自宅でショパンを演奏してもらうお願いをして了解!。数時間、歓談した後に皆で向い側のブーニン邸に移動。泥酔する我々に世界的ピアニストが自宅の完全防音の演奏ルームにて演奏してくれたのだ。ブーニン宅でピアノを弾いてもらえるヒトなんてそうはいないだろう。それはそれは至福な時間であった。そしてナント数日後にヨーロッパツアーに出かけるにも関らず、後日、薫邸を訪問してランチをしてピアノの演奏をしてくれるという!!。なんという強力で豪華な事だろうか!!。(勿論我々も参加できるということでホッとした。)深夜に向いの波田家にハイつくばる様に戻ったら、ものすごい量のワインの空き瓶だった。それを見たらメマイがした・・・・・・・。

※ ―1 ブーニン氏はご存知世界的ピアニスト。ものすごい日本びいきで昨年から我が家の向えの豪邸に越して来たのだ。御子息と我家の長男が仲良しなのだ。

※ −2 波田のオフィスでは通常、毎昼食は僕が担当。お客さん多数の場合、土岐チャンと二人の場合、今日のように子供がいる場合も例外なく作る。料理は楽しい・・・。

●ニセコで初体験のバックカントリーでスノボー。 やられました!!!!。

3月10日、月曜日、雪、昨晩の札幌のミーティングは本当に面白かった。さすがに目指している不屈の男、井利元は気合が入っているし奴のリーダーシップには関心するとしか言えない。本日より2泊2日、ニセコスノーボードツアーだ。ホテルにて朝食をしっかりして井利元号レンジローバーでニセコに出発した。約2時間半で到着。Jファーストはなかなかゴキゲンなホテルで、驫木氏(EX)、岩永氏(C)とで3人部屋にチェックイン!。早々にニセコ・ジモティー越智君からガンガン催促電話がかかってきて井利元と岩永の3人でトナリ町の岩内の越智宅に向った。岩内スキー場前の越智家は外観は質素だが中に入ったら驚くほどに快適な家だった。グランドピアノ、6匹の犬、プラズマディスプレイ、快適なソファー・・・超美人妻。素晴らしい。そして仲良し夫婦だ。今回は初めてのバックカントリー体験ということで越智氏の手ほどきで誰も登っていない閉鎖されている岩内スキー場を頂上までスノボーを担いで自力でハイクして、そこから新雪を一気に下るという超エクスタシーモノな企画なのだ。スノーシュー(かんじき)、ビーコン(遭難時の探索機)などの準備を急いで閉鎖されている岩内スキー場に向ったら、ラッキーなことに雪上車で山頂の手前まで送ってくれたのだった。なんという幸せなことだ。こんなの歩いたら大変な距離だ。しかし、そこから30分以上も強風の中をハイクして山頂に到着!。とにかく圧巻な景色でぶっ飛んだ!!。そして準備して、いよいよスノーボードで一気にパウダースノーを食いまくって下りた。約20分の相当に根性入って楽しい快適な瞬間だった。アルペンには無い爽快感にたまげた。(昔、新雪食いにはまるボーダーが最高の女、10人よりも良い位に楽しいと比喩していたが納得だ!)。林間コースはそれはそれはオソロシク、何回も木、枝にぶつかった。マンガみたいな転倒を何回もしたし、岩永は全然帰ってこれ無くて心配した。やっと下山できて皆で万歳三唱(喜びの基本)その後、越智家に行ってタカちゃん(美人妻)とともに乾杯した。その後は皆が待っているのでニセコに向った。越智君もトモキ君(プロスノーボーダー、ナイキがスポンサー)を僕らに紹介したがり一緒にニセコに入った。夕飯はトモキ君が知っている居酒屋に乱入して盛り上がり、相当な量の酒を飲んで騒いだ。(焼酎のビンがビールみたいに空いていた!)トモキ君と家族は最高だった。しかし実に美味しい夜だったなあ。その後は超オシャレなゲンテン・バーで飲んだ。上品な店なのに岩永、井利元が裸になって気合を入れる叩き合いをしていてムードはメチャクチャ!!。(客は喜んでいたが・・・)驫木氏は大の字になって熟睡。僕は何故か後ろに座っていた関西系淑女二人と話しに盛り上がり、結局AMな話しになってスポンサーリング活動に勤しんだ。(とてもナイスな女性でバッチリ!!)しかし今日は、良く遊んで騒いで飲んで滑って、すこしアムッた日だった。深夜に完全なエネルギー切れ。営業終了・・・。

● 富士山がキレイな、ある冬の平和な一日・・・・。

2月9日、日曜日、快晴。今日は長男・元太朗の少年サッカー大会で沼津の山の上にあるアシタカ運動公園に9時に集合なので送っていった。モノスゴイ施設の運動公園で、こうして沼津市は財政赤字になっていったんだなあ・・と感じられる競技場だ。今回はナント少年チームが172チームが集合して、ピーケー戦で競い合う大会で面白かった。しかし静岡県のサッカー熱はスゴイものがある。元太朗は3本中の2回、入れることが出来て良かった。親としてはハラハラもんである。同級生の父親、砂山さん、野村さん達と昼に弁当を食って世間話。少々寒いが冬の青空の下のお弁当は幸せだ。帰ってから、まだまだ時間がたっぷりあるので、元太朗を連れてランニングを1時間、沼津の町を見下ろす香貫山展望台までした。ここがまた素晴らしい絶景で遠くアルプス、伊豆半島、駿河湾、箱根山、そして富士山がバッチリ見えるのだ。その後、帰ったら義兄さん夫妻が伊東温泉の帰りで遊びに来ていた。結構、アクティブで洒落モンな義兄さん(年齢は一つ下)と世間話で盛り上がる。夕方に近所のカフェ&セレクトシヨップのブルーウォーター(※―1)で春物の洋服をチェック!。オーナーの青年実業家、イル・アマーノ氏(天野君)と世間話。(なんだか世間話ばっかりしてるなあ。)彼の洋服界事情通ブリは凄いゾ!!。その後、オンジン荒川夫妻(※―2)を迎えに富士市までドライブをした。今夜は沼津の自宅で荒川夫妻と娘のナギサちゃんを招待して、お食事会なのである。波田家は荒川家の紹介で沼津に移住したので"命の恩人"なのだ。人生のアップラインなのだ。荒川氏はものすごいワイン・コレクターで、今日は大奮発でルーチェを持参してくれた。デザインも味も大好きな一本なので感動したナァ。持ってきてくれた"白"も相当にボディーがしっかりしていて飲み応えのある一本だった。メシが美味くてワインと相性もヨロシクそれが追い風になって5本飲んで泥酔と化した。素晴らしい夜でした。またまた記憶は無くなってしまったが・・・・・・・・。ゲラゲラ笑いながら食うメシは本当に幸せだ。
※ ―1 ブルーウォーター セレクトショップ&カフェ、オシャレなバーもある。伊豆半島をゆったり流れる狩納川沿いにあり景色は最高。幸せ度数99,78である。服のセレクトも抜群!。東京からわざわざ行くの値する店ですよ。(本当に来る人は沢山います。) 静岡県沼津市魚町15  0559−51−0001  沼津駅から港に向って東急ホテルを越えて信号を超えてから48メートルの左側。
※―2 荒川和彦&弘子+なぎさチャン。  富士市在住 素晴らしいバランス感覚な夫婦。500坪の敷地に半分が超超超快適な北欧系の豪邸。そして残りの半分の土地で菜園をやっている。様々の季節の野菜を出荷する事なく自分達の食べる物だけを生産している。当然、愛情たっぷりで無農薬な安心野菜はこの上なく美味しい。(いつもオスソワケいただき感謝してます。)まさに究極なコダワリ生活。そしてワインのコレクターときたら完璧。

●スノボーは鎹(かすがい)夫婦・ 大阪の浦夫妻の冬の生活は趣味人の憧れ!!。

2月5日 水曜日、快晴。今日はスノーボード。スノボーは平日に限る!。朝6時に大熊(※―4)家に迎えに来てくれて一路、久々のエコーバレーに向った。今日は沢山の人数と行く予定が裏切られ結局3人となった。途中で何も食わなかったので腹が減ったが、早く午前のコンディションがいい状態を楽しみたかったので急いだが、着いたのは10時過ぎになってしまった。準備してゲレンデに乱入したら、いきなり大阪から来ている浦夫妻(※―1)に会って笑った。だって今年、エコーに来て浦夫妻に会わなかった事が無いのだ。浦夫妻は大阪在住なのに毎週火曜日から金曜日まではエコーバレーでスノボーに勤しんでいる。(もう楽しみを越えて勤しみなのだ。)週末は大阪で仕事を少々こなしてまた週明けにはエコーに来る生活パターンなのだ。当然に浦夫妻はシーズン券を購入して常宿的なペンションがある。とにかくスノボー好きには信じられない年間滑走日数100日以上であろうか。とにかく最高の生活をしている。波田は今日はなんだかフリースタイルからアルペン(※―2)の違和感がスゴくて午前中は不調。全く別モンなんだなあと実感。午前中一杯、復帰にかかった・・・・が、きっちり楽しんだ。(前の週に北海道でフリースタイルをバリバリやっていた為)。昼は浦夫妻、大阪の井上チームを含めて平和に7人と長野からやってきた北野で馬鹿話に花咲き盛りあがった。本当にバカだった。その後、真剣モードでスノボーはスポーツなんだぁと認識して午後4時頃まで、浦夫妻にビデオを撮ってもらって自分の滑りを見て驚きまくった。なんて下手クソなんだろう。やはり自分の滑りは客観的に見て治さなくては自己満足でしかないのだなあと痛感した。来週は大人数で来るのでビデオ持参で来て皆を撮ってあげよう!。夕方になり日も暮れてきて下山。帰りは大好きな巨大ホームセンターでお買物をして、長野から1時間、東京までの中間点にある甲府昭和インターでわざわざ下りてお約束になっている居酒屋 "福良"(※―3)で飲んだが、またまた終始、アホ話で盛り上がり。そして気を失って東京に戻った。今日も平和な冬のお気に入りな1日だった。 

※ ―1 浦夫妻。まさに"スノボーは鎹(かすがい)"の超仲良し夫妻。この夫婦なしにエコーバレーのスノーボードは語れない。上手とかカッコイイなんて、通り越していて、好きでここまで入魂出来るとは幸せの境地であろう。エコーバレーは今シーズンも晴天率は90%、浦夫妻出会い率100%という快挙でした。金と時間の勝利です。

※ −2 スノーボードには大きく分けてアルペン(硬いプラスティックブーツでスピードを身上とする。)とフリースタイル(柔らかいブーツで新雪、ジャンプなどを楽しむ)がある。

※ −3 甲府昭和の"ふくよし"は幸せな店。"波田啓次郎の勝手でしょ"のバックナンバーを参照してください。

※ −4 大熊実 朝4時に電話かけてもボリューム9(通常人の大声の相当)で"おおくまでぇぇぇぇすぅぅぅ〜〜"と元気度は素晴らしい。このヒトは面白すぎて三行ではとても紹介しきれないので、そのうちに特集でも組んで世にお知らせしたい。波田にとって信頼出来るヒト度99,7を記録。

●【昨日は日本Aмの主催の和歌山ラリーのゲスト。終了後は"銀平"という超超超ゴキゲンな店で美味しい、そして美しい料理でうなった。当然に酒飲みまくった。グループの姫路のDD、重田頼広が来ていたので和歌山マリーナの海を一望するホテルに泊めてあげた。】

1月12日、朝起きたら頼広は帰った後だった。燃えている男は早起きだ。昨晩、銀ぺいで飲み倒し、ホテルに帰ってからも冷蔵庫内のアルコールを二人で全制覇。そして気軽に了解してホテルに泊めてあげたらベットはダブル・・・。今日の天気は快晴。折角なので起きて早々に和歌山マリーナ周辺の堤防、橋界隈をウォーキング&ジョキングしたが相当に気分良かった。10時に和歌山地元の林光太郎さんが迎えに来てくれて関西空港まで送ってくれた。林夫妻と関空のスタバでお茶をしてから搭乗した。関空発羽田行きのスーパーシートは何故か怪しげなオジサンが多い。この観察がすごく面白いのだ。後方の席ではAм社員の田子氏が二日酔いで完全にダウンしていた。昨晩、飲ませすぎてしまい生きている事が不思議な位、酔っていたのだ。羽田空港からタクシーで一路、目黒のラーメン屋『楊州小人』に向った。そして食いたかったワンタンメンを制覇。食いたい物を食った喜びは感動倍増だ。2時からはPV―BVオフィスでの藤田ルビーDDとのLMが行われたが物凄い盛況で、なんと100人近くが参加した。さすがに頭の良い男で参加者全員大納得の素晴らしいミーティングだった。10年近く自己消費型が一気に可能性に気が付いて奮起。そしてアッという間にルビーDDなっている。藤田夫妻とリーダーシップセミナー・ハワイに行くのが楽しみだ。終了後は4階のオフィスのラウンジでアフター。松本ハルオがカウンターパンチ!をくらっていた。夜はテッド阿出川氏(※―1)の還暦(60才)のパーティーが原宿のサーファーズテーブルで行われた。吉田正民さんの仕切りで大盛況だった。店には偶然に初期(ウン十年前)のテッドのサーフボードがあり、とにかく阿出川氏は平和の極地に入っていた。こんなかっこいい還暦オヤジになれるんだったら最高だなあと思った。僕も挨拶をしたのだが、そのことにプライドを感じられて幸せだった。皆と結構遅い時間まで歓談していた。そして原宿からタクシーで深夜帰宅。そこにヤフーの吉野がまたまた来てくれて、トラブリまくるパソコンの復旧作業を夜中にてくれたが結局、修復できないでパソコンを持って帰ってくれた。なんて良い人なんだろう。長い一日が終った。そしてフェラーリの加速で曝睡した。
※―1 ご存知,サーフィン界の大御所、重鎮、天皇・・・阿出川氏がサーフィンをアメリカから見つけてきて日本に紹介したのだ。サーフィン界、Aм界だけでなくカッコヨロしいライフスタイルは国民全員の憧れ。全てに完璧なロケーションの千葉の夷隅川沿いに建つリンダルシーダーホームの家なんてパーフェクト!!。ああぁ、こんな大人になりたいもんだ。

●だんだんキリマンジャロ登山の気分になってきた。

2003年1月9日、朝は7時に起床。どうしてこんなに健康的に壮快な朝なのだろう。入浴してメールのチェックをして十数本のお返事メールを送ってから出掛けた。新宿方面に車で行くのが渋滞と駐車場捜しが面倒なので自由ヶ丘に車を置いて電車で新宿にある旅行会社が経営する低酸素訓練(※―1)をしに出かけた。10時すぎに到着して説明を受けて開始。しかし最後のエアロバイクは汗掻きまくりで辛かった。終了後にヨドバシカメラで寒冷地に強いリチウム電池などを購入。こうやって小物を買い揃えていると気分はアルピニストで盛り上がる。昼食は通り掛かりの回転寿司で食った。結構美味かったが恐ろしい店で安い皿が高そうな色柄で高い皿が安ッチー色柄をしていたりする。地雷の様に間違えてエライ高額な海老とか食ってしまった。(回転寿司なのに一皿1200円だぞー!)クソー!。まぁ、美味かったから許そう。そして、横断歩道を歩きながら見上げたら京王デパートで駅弁フェスティバルをやっている。気になって見に行ったらモノスゴイことになっていた。とにかく物凄い客の数で驚いた。そして、こんなにいっぺんにオバサンを見た事が無い!!。1u当り3,8人位がいるのだ。人ごみを掻き分け一巡して、(一月中旬号の"波田啓次郎の勝手でしょ"を一読下さい。)なぜか石巻港のメザシと山形の納豆を購入して帰った。横でやっていた名産展の試食コーナーでハマってしまっで申し訳無いくらい沢山食いまくったのだ。それから電車で自宅に帰ったが、途中で駅の鏡に写った自分の姿は考えさられるモノがあった。だって昼間からメザシと納豆の入った名産展の粗末な袋を持った44才のオジさんは・・・・世間から見れば只の無職の職安帰りの悲しいオジさん以外のナニモノでもなかった。オフィスには秘書・土岐チャンが数日ぶりにインフルエンザを克服して出社していたが、まったく調子が悪そうだった。彼女がいないとオフィスワークが何も進まないのだ。様々な雑務をこなして、4時半には沼津に向って出かけた。今日は妻・英子さんが東京に行っているので留守番を頼まれているのだ。学校で息子一号、二号をピックしてから帰宅。本日はパスタ・パーティーで4種類のパスタを作った。@和風・納豆タラコ、Aミートソース、Bイカの塩辛 Cポルチーニ茸のクリームソースのペンネ の4種を食ったが結構、どれも正解だった。好評で良かった。子供と平和に入浴をして"王様の椅子ゴッコ"をして和み子供は宿題をして就寝。長女・桜子は塾に出かけた。偉いなあと痛感。(親は強要してませんよ!)その後、深夜に1時間のウォーキング&ジョキングをした。沼津の町の中心に流れる狩野川添いは夜でも結構、照明が美しく走っていても楽しいのだ。キリマンジャロ登山で肉体的に辛い思いはしたくないので日々頑張らなくては・・・・・。
※ ―1 登山をするヒトが高山病を予防する為に、高度順化を楽にする為に行うトレーニング。地上で酸素の薄い部屋の入り軽い運動をして慣れる。あまり楽しくはない。

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