|
●12月31日(日) 一年の終わりはオオツカケンジ!
|
年の終わりというのはなんとも好きな時間だ。確かに慌ただしいし、やることは沢山ある。沢山あるけど『まぁ、いっかぁ!!』と思えばそれで済む程度のヤル事だ。そんな代表が"大掃除"といえる。今年は、昨日、お手伝いの敏ちゃんも来てくれて殆んどお掃除も済まされているし、せいぜい今日、散らかさない事を念頭に生きれば大丈夫だ。意味不明な朝の決心で気が楽になった。『ヤメェ!ヤメェ!!大掃除はヤメェ!』しかし年内に済ませなくてはならない事は多々あるので気分は、やはり大晦日に他ならない。外国で年越しをしたことがあるが、それはただカレンダーが《12》から《1》になるだけの事で、日本のような"大晦日→→紅白歌合戦観賞→→行く年・来る年→→除夜の鐘→→新年→→そして初詣→→おとそ→→お雑煮→→お節料理→→年賀状→→初詣〜〜なんて流れはない。この流れが無いのも少し淋しいもので、やはりこの風習は慣例に従い楽しみたい。結果・・・・普段とあまり変わらない時間の慌ただしさだった。

夕方にシェフ・大塚健ちゃん&れい子、そして息子のショウタ(大塚家の子供だけあって完全な食生活をしていると見受けられピッカピカ、プリンプリンな笑顔をしている赤ちゃん。)が登場。今晩の"宴"の準備を始めてくれた。健ちゃんはいつの日からか毎年、年末に来てくれて年越しのディナーを作ってくれるのだ。(健ちゃんはフレンチのシェフにしてエメラルド。ナベデモの巨匠として君臨!(そして、ついにオリジナルレシピのDVDが新発売となった!是非、買って見てください。https://shopping.express.jp/otsuka/index.html内容は超濃いですよ!!) 北海道からは健ちゃんコネクションで注文した上等な鮭の"鮭児"(ケイジといい1万本に一匹の貴重品。)ほたて、貝類も届き健ちゃんは片っ端から調理を始めた。ボクは仕事の整理やら何となくの片付けをするので書斎で過ごしていた。要はキッチンに出入りすると邪魔なだけにしか思えないので時々、健ちゃんの仕事っぷりを見学しては、つまみ食いする程度にしていた。今日の参加者は波田家、神谷アンドリュー家(クラウン/これを楽しみにしてくれてキャリフォルニアから毎年、帰ってくる。)渡辺正人家、そしてノンナだ。18時に柿の木坂に今年は83歳になるノンナ(川口文子ダイヤモンド)を迎えに行き(これも恒例の仕事になっている。)我が家に来てもらった。20時近くにシャンパンで乾杯して今年最後の、そして恒例のディナーが始まった。それは、それは美味しい料理のオンパレード!!今日のメニューは・・・・・・
《ホタテと鮭児のタルタル/オードブル》バケットに付けていただくが驚異の美味さ。《鮭児の軽いスモーク》もう普通の鮭なんて食べられなくなる!スモークの軽さと香り付けが常識を超える。《ソーセージと白インゲンの煮込み》白インゲンはただただ美味い。《北海アサリのスパゲティー》濃厚なアサリの味がドドぉーンと!《和牛ステーキ&サラダ》赤ワインが進む!進む!《鮭児のお茶漬け》サァーラサラ!と豪勢な茶漬け。《チーズ》多種多種!!・・・・・・飲み物はシャンペン、白ワイン、赤ワイン・・・・・合計10数本!
皆で飲んで話して一年を振り返り、新しい一年に期待をする。今年もいい一年だった。2007年の末日・・・・健ちゃん待ってます!!今年の"初"お約束はオオツカケンジとの今年の年末・大晦日のディナーのお約束だった。コレで万事がうまく行くのだょ!
|
|
|
冬の下田・・・・ここは東京の温度とは明らかに違う。そして沖縄ともハワイとも違うギリギリ南国の冬だ。今日は下田《オキラクハウス》にシンノスケ、アミちゃん(沖縄のグループの本村チエさんの娘でグラフィックデザイナー、相当にセンス良くて仕事速い!)が来ている。下田に朝着くと、最初にするのは《旬の里》という農家の朝どれ野菜を持ち込む店に行って野菜を購入。八百屋とは違った、地元民相手の物々交換場みたいな雰囲気だ。農家の人は明らかに美味しく新鮮な野菜を日々食べているんだナァと悔しい思い。今日は葉物野菜とクレソン、ニンジンなどを購入。(それぞれイチイチ美味しい。) さてシンノスケはもう数十回、オキラクハウスには来ているので、別荘特有の作業(雨戸開け、水道の元栓開け・・・)なんて仕事は言わなくてもやってくれるので楽だ。アミちゃんは下田デビューで沖縄にも負けない下田の海を見て興奮状態で顔が笑ったままの状態でロックされている。基本顔がニマニマというのは可愛すぎる。散歩したり昼寝をしたり、読書をしたり音楽聞いたり〜〜そんな全身から力が抜けたような時間を過ごしていた。 今日はヤマ(山野辺君、元・ヒルトンホテルの中華料理の名店、王朝にて修業。悲しいかなあまりの給料の安さで、仕方が無く夜は近所の中華ファミレスのバーミヤンにてアルバイトというユニークな過去を持つ。現在DD)が下田に来てくれて夜はチャイニーズナイトが催されるのだ。今晩は下田ミーティングなのだが、下田は結構な田舎でミーティングの終了時間の9時過ぎとなると、店は殆んど、やっていないし、ましてや20人近くの参加者の宴会なんて出来る店が無いので、いっそ《オキラクハウス》で中華料理人ヤマを呼んで忘年・チャイニーズパーティーでもしたほうが、皆も楽しめるかナァ・・・ということで朝から準備などで慌ただしいのだ。ボクは担当の"鳥鍋"を作るべく昨日、鳥専門店で購入してきた鳥ガラでスープを作ったり、ツクネ(鳥だんご)を作ったりと、殆んど"家庭の奥さん"みたいな昼下がりだ。(実は今、鳥鍋がマイブームなのです。全然中華料理ではないけど・・・) ここにいると、そんなキッチンで皆で馬鹿話をしながら、普通の時間を過ごすのが、すごく快適なのだ。ランチも地元サーファーのミネや彼女のヨッシー、グループのイケメン・リョウなども交ざり皆でパスタランチをした。今日は晴天で肌寒さはあるが、なにかキリリとしていて気分爽快だ。合間を見てサーフィンでもしようかと思ったらウエットスーツを忘れて己の"志"の低さを感じた。 夕方、皆で準備して下田の町の中の公民館みたいな場所のミーティングに出かけた。当然、ミーティングは楽しく盛り上がった。城野Wの盛り上げパワーは素晴らしい。元・有名音楽プロデューサーなのに、そんな過去を驕る事も無くサラリとAMの魅力、可能性を語ってくれる。彼のユルさが下田にピッタリなのだろう。最後の『いつかこの会場をグループで満杯にする日をイメージしてます・・・』というスピーチには本当にやられた。終了後、皆で移動してレッツパーティー!!だ。ローカルサーファーのジェフやユウジも駆けつけ、修善寺のジーザス(キリストにあまりにもその風貌が似ているので波田が命名!本名は山田君。しかし本当に似ている!)も夫婦で参加、伊東のチカちゃんも来て盛り上がり! 下田のモリオノ薬局店主にしてDDの森夫妻もグループで大挙参加。大食漢の森君(頭の中の思考回路・円グラフを書いたら80%が食べ物に違いない程の食通!) 様々なタイプの人々で今日も新しい出会いや感動が沢山あった。ヤマと弟のおかげで楽しく美味しく最高な夜になった。本当に感謝してますよ! 明日の事も考えずに、みんな永遠に、そんな時間を楽しんでいた。
|
|
|
朝から何となく落ち着かない。昨晩は熱海のドクター佐藤富雄事務所でジンギスカン&モツ鍋パーティーが開催されて参加。そして風情のある冬の花火大会を鑑賞させていただくという贅沢極まりない時間を過ごし深夜に東京に運ばれて帰ってきた。(オレは佐藤先生と共に泥酔!藤田Rが運転してくれて爆睡のなか帰宅。すんません!感謝!) という事で、朝はニンニク臭、ジンギスカン臭を感じて少々の不快感を伴っての起床だからかなぁ・・・・"臭い抜き"には発汗が一番なので風呂のスイッチを入れてから多摩川の河原を目指して走った。そこから田園調布まで往復すると距離にして8キロ、時間で1時間程度なので、こんな日のアルコール抜きには適した距離だ。(これって脳いっ血とかになるかなぁ!)頭の中は今日のスピーチで一杯。いや二杯!!おかわり三杯! 今日は月曜日なのに昼間からヘッケル・ラリーが開催され、そのゲストスピーカーとして呼んでいただいているのだ。今日は"波乱万丈ラリー"というテーマなので、今更、新しいネタで話すわけではなく、過去のエピソードを話せばいいので、基本的には内容は決まってはいるのだが、やはり700人の前で30分というと考える。・・・・・・・暗中模索の20代は面白かった。30代はチャンスを抱えて突き進んで結果を出した。40代は、ある意味、自分探しであった。確かにオレ的に人生はアップダウンが激しく、軽い"波乱万丈"と言えると思う程に様々なシーンに巡り合った。本くらい書ける程に色々あった。決して自慢話ではないが、最低の生活と最高の生活の二色アイスを食べられたお陰で、わかったことが100万個あるのは事実だ。スピーチの内容はここで改めて書くつもりは無いが、色々あるから人生は楽しいのだと思うし、色々遠回りをするから、目的地に到達したときの感動があるのだろう。さて、そんなにカッコいい事を言っているがスピーチはやはり緊張する。昼過ぎに今日、同じラリーでスピーチするスピーチの名手、渡辺正人氏が家に迎えに来てくれて本社のある渋谷まで向かった。正人氏にはこんな緊張はわからないであろう。彼はスピーチの名手中の名手。どんな状況でも適切な内容を民放テレビ局のアナウンサーのごとく落ち着いてウィットに富んだジョークを交えて話す様は業界ナンバーワンだ。そしてシロウトながら、ヘッケルの大きなミーティング、ラリーでは司会をこなしたというキャリアがある。ニューヨークのラジオシティー、シュライン・オーディトリアム、ラスベガスのMGMホテル、武道館に横浜アリーナ、日本中の大箱会場での経験はハンパではない・・・どこの日本人がこんな強力な場所で司会をした経験があるだろうかと言う程に華麗なる経験を持つ名司会者なのだ。従って緊張など微塵ももっていないであろうから・・・・とにかくラリーのお役目は無事に済ませた。久しぶりに昔話を沢山した気がしたが、当分、こんな話は封印しようと思った。過去の自慢話、苦労話なんかしたって仕方が無い。それにしがみ付く気持ちなんて毛頭ない。ラリーのアフターの食事会は楽しい時間だった。

朝のミーティングでマーケを担当した城野W夫妻、SG50のゲストの面々をはじめ十数人のゲストと共に渋谷のセルリアンホテルの名店"金田中"にて会席料理(だとおもう!創作的だった。)を食した。本当にいつも思うが、薫さんと食事をすると物凄く楽しい。いつも様々な話題で皆を盛り上げてくれるのだ。 今日も今までに無い幸せな気分だ。人と交わり、適度な緊張があり、楽しい食卓があり、感動があり・・・・感謝の気持ちでイッパイな中で就寝。これって幸せ!!!!!!!
|
●何でも"達成"はいいもんだぁ!!ありがとうJALの"女子係員Mさん"
|
11月29日(水)朝起きて昨晩の残り物の味噌汁とプロテイン、ニュートリを飲んで羽田空港に向かった。9時の羽田発のJAL沖縄・那覇行きに乗るには渋滞などを考慮して7時半には出なくてはならない。途中の環状八号線の蒲田付近の渋滞は、決して朝の清々しい空気と景色のマッチングは期待出来ないので避けたい風景であり時間帯だ。まぁ渋滞中もこの見苦しい光景を抜ければ青い海、青い空が待っていると考えると辛くはなくなるがぁ・・・なんとか8時に到着をして空港駐車場に停めてJALのカウンターでチェックイン。(普段ならばギリギリ好きなので8時半のチェックイン) 今日はJALの搭乗手続きの際に何が何でも頼まなくてはならない重要案件があるのだ。それはたかがクラスJに乗せてくれという事。なぜならば些細といえは些細な事だがJALのメンバー(グローバルクラブ)にもピンレベルがあって、毎年の搭乗実績によって様々な得点が得られるのだ。今年は大体の旅行や出張も終わりなので、それそろ点数を計算しておこうかとJALの専用電話に連絡し、年内の、すでに予約の入れてあるフライトをチェックして計算してみたら、なんと100マイルだけ足りない!!(ちなみに羽田〜沖縄は995マイル、ボクの今会計年度の必要マイルは7万マイル、という事は現在69900マイル。)100マイルっていったらウチから下田位の距離。しかし足りないものは足りないのがコンピューターが判断する淋しい世界!情状酌量は無いのだ! 今日の行きのフライトはJクラス(一クラス上のクラス)が満席で仕方が無く普通席だったが、そこをクラスJに無理やり乗れれば、マイルが1、5倍になるのでクォリファイ完了!ということに気が付いた! ということは、どなた様かに席をお譲りいただくしか手は無い。または12月中に何処かに出張を作り出して無意味な旅をするか・・・・そんなのイヤだぁ。ということで普通より相当、早めに家を出て羽田に向かったという事だ。・・・・ そしてJALグローバル・カウンターに並ぶ三人の女子係員のうち、瞬時に誰がこの"無理難題"を親切に対応してくれるか判断! 結果、一番右側の愛嬌がある女子に決定して向かった。親愛の気持ちを込めて"女子係員Mさん"と呼ぼう! (普段なら一番左側の、どう見たって美人な子に突き進んだと思うが・・・・何故かこの美人は、今回の要職とは違うと判断。真ん中は愛嬌でもない、美人でもない、その子の対応が悪かったらアキラメも付かない空気の容姿とでも言おうか・・・・という事で"女子係員3号"が選任された。) そして一礼をして、目を見て、紳士的に朝の挨拶をし、スマイルした後に、非常に困った顔をして相談というか陳情、いや泣き落としが正しいかなぁ・・・とにかく事情説明したら、"女子係員Mさん"は"そんなご事情でしたら何とかして差し上げましょう!!"という母性本能的な心にスイッチが入ってくれて、ボクはひとまずラウンジで待機する事になった。その後、ラウンジで待つこと40分。その間、きっと、あの"女子係員Mさん"ならこの問題を解決してくれると信じていたからドキドキすることも無く平常な気持ちで待っていたが、だんだんに搭乗時間が近づいて少々、不安と言ったらウソではないが・・・搭乗時間の5分前に、さすが、ボクがミソメた"女子係員Mさん"は勝ち誇ったように搭乗券を掲げて走ってきた!それは、まるでマラソンランナーがゴールのテープを切った瞬間のように!!"波田さまぁ〜〜お取りできましたぁ〜!!" やったのだ!!こんな些細な事でも達成は嬉しいのだよ。彼女の愛嬌は一層、可愛さを増していた。思わず彼女の手を握り"ありがとう!ありがとう!"と心からの賛辞をして、彼女から受け取った搭乗券を握り締め出発ゲートに向かった。(今考えても、手を握ってのお礼は立派なセクハラ事件として立件可能な事態であろう。)そして"女子係員Mさん"は最後まで手を振って見送ってくれていた。このピンレベルを達成するのにこんなにまで努力をする奴がいるのだろうか。(ちなみに特典としては国際線・無料アップグレード券三枚、ホテル無料宿泊券、クラスJ券10枚、そして待ち時間無しの快適な専用ゲートからの搭乗・・・他多数。) いつも"女子係員Mさん"の恩を忘れないで使おう! そして沖縄に飛んだ。小さな満足と共に・・・・・
|
●シンクビック・ラリー・・・・『あとはヨロシクねぇ!』そして旅立つ・・・
|
11月12日 ラリー・・・・・生まれて初めて見たラリーはAMを初めて二ヶ月目だった。それは港区芝の厚生年金会館で行われた、AM本社の主催のイベントで、メインのゲストスピーカーは、今は他界された猪股哲也さん(当時ダイヤだったかなぁ。)と奥様だった。それ以外に若手、主婦などのスピーカーだったと記憶する。そして沢山の表彰もあったなぁ。まだボク自身も結果が出ていないレベルだったので、ボクでは歯が立たない、アンチというか興味ゼロと宣言をしていた先輩を連れて行っていた。なにせその先輩には十数回断られ、3回スッポカシを食らっていた。普通ならあきらめるか、止めとくかであろうが、オレの場合は断られれば断られるほどに燃えてくるのである。(誤解されているのが許せないのだ。100%理解しての断りは大歓迎。)そして何とか、話をつけて"もし、面白くなかったらメシをおごる!だから見てちょうだい!"と約束して送迎付きで向かったのが、そのラリーだった。僕自身、神に祈る気分で見せたラリーで、本社主催だからと言っては語弊があるが、地味目なラリーだった。しかし結果はオーライで、その日にその先輩はサイン、そして家に帰って先輩は奥さんと大衝突!(奥さんが超かける20のアンチ)しかし正義は勝つ!!結局、奥さんにマーケしたらヤル気満々!・・・そんなもんだぁ。そして3年後にはダイヤモンドを達成していた。 という事でラリーは大切なのである。ラリーは新規の人への人間ウォッチングには重要なイベントだ。そして功績を称える表彰、ゲストスピーチやハロートークで感じる緊張感、また自分を表現する能力向上とか、とにかくラリーはなにかとこのビジネスには素晴らしい機会の提供になるのだ。ということで堀正樹W(新潟在住だが東京にもグループは多い。)に誘われて始めたラリーなのだが事前の準備が相当にある。これは承知していた事だが、やっぱり日常の仕事プラスなので時間は相当に取られる。しかしスタッフにも恵まれ、みんな本当に良くやってくれているので、準備にも熱が入った。ということで第二回は第一回の反省点を考慮し、第二目なので、段取り的に楽になる予定が、まだ甘かったと感じる程に、やる事は山積していた。がぁ期限のあることなので頑張ったのだ。このラリーが誰かの、何かのキッカケになってくれたらと思うとヤル気も出てくる。
ラリー当日は夕方4時から会場の中野ゼロホールにスタッフの打ち合わせなどで集まりだした。前回と違う会場なので会場整理係とかが、慣れていなくて事前打ち合わせも出来なく、そのわりにはみんな頑張ってくれていた。 前回は主催者三人の話が聞けなかったと言うリクエストが多く(波田にしてみたら余計な事、言うナァというのが本音だった・・)史上初の三人で司会という異例の人事となったので打ち合わせにも余念は無い。ラリーは、そんなうちにスタートした。ゲストスピーカーは木崎真之介SP、福井みよDD、大谷健F・DD、昼間はヘッケルのゲストでラリーに引っ張りダコの石井俊八&千賀Fダイヤ、そしてメインゲストのデッカイ話をしてくださった梶原CAご夫妻。 皆さん、本当に素晴らしい話をしてくれた。何でもそうであろうが、見ている側と作る側、全然違う視点から見ているのだと思う。これから、おそらく二会計年度(あと5回)は続ける気持ちなので、回数を重ねるごとに、感動を共有出来るような素晴らしいラリーを作っていきたい。その為にも、皆さんの意見をどんどんと聞いてみたい! 見る人も、もし自分が将来、ラリーなどを主催するならば、どのような演出しようか!自分がスピーカーになったらどんなエピソードを披露しようか!とか考えて見ると、面白さが15倍に膨れ上がるのだ。ということで、主催者側としては満足感イッパイなラリーになりました。 そして我々はバッチリと盛り上げて、ブラジル&ニューヨークに旅立ったのだ。 『あとはヨロシクねぇ!』っと!!
(この場でお礼をさせてもらうが、デブにぃーこと鈴木直ニイと美帆、千葉嘉、山野辺兄弟、藤田直之、大谷康、そして土岐ちゃんをはじめ、スタッフ全員に感謝です。)
|
|
|
10月4日(水)ホテルで目が覚めたのは8時過ぎ。起きてカーテンを開けて景色を見た瞬間に"しまった!!!"と叫んでしまった。そこから見える景色は雄大な最上川だ。その向こうに見える山々の緑と黄金色に輝く稲水田の色!あぁ〜早起きしてウォーキングでもすべきだったと少々後悔。もうすぐ迎えの車が来てしまう! しかし昨晩は楽しかった。昨晩は山形県酒田市で会場ミーティングを行った。今回はパーソナルで頑張っている今井親子というか今井家(長男の陽介にニュージーランド在住の遠藤タケ君から伝わり、妹のメグミ、そしてお母さんの絹子さん、末妹の智里、友達のサチコと繋がっている!とにかく、みんな明るく、特にお母さんの頑張りが素晴らしい!)のフォローにやってきた。

今井家は山形県酒田市で子供の長男、長女は東京に出てきていて、本業の傍ら将来の為に頑張っている。お母さんの絹子さんは昨年の新潟で行われた堀正樹ダブルの達成ラリーを見に来てくれて(隣の県だけど相当に遠い!そこでノンナこと川口文子ダイヤ、82歳で現役で飛び回る!)のスピーチのシビれてサインし、子供達の応援のつもりが御自分の末来の為にビジネスを展開し始めたのだ。ボクがフォロー出来ない分、というか出来ることは本当に無いが・・・地元の大内Eme、船岡SPが手伝って下さっている・・・有り難い。ということで酒田の他系列を含めた皆さんへの感謝を込めてのミーティング開催となったのだ。昼過ぎに空路、庄内空港に到着。空からの庄内平野の豊かな緑と黄金色にまぶしいばかりに輝く稲穂の絨毯(じゅうたん)のコントラストには感動した。演歌歌手みたいな盛大な歓迎を空港で受けて、皆さんと蕎麦を食べ、善宝寺、そして羽黒山登山(正確には下山・・)と酒田をたっぷり楽しめた。(土門拳写真美術館などは前回訪問)そして夜のミーティングは実に盛大だった。老若男女という人員構成が、家族でAMを楽しんでいるのだナァと実感。ハロートークも夢イッパイだった。アフターは地酒がもの凄い数が用意されている居酒屋さん。夜の10時なんて誰も歩いていない街で、ココだけは盛り上がっていた。今回わざわざ来てくれていた仙台の田中ダイヤはボクの酒飲み友達だ。彼の飲みっぷりが実に素敵!!量を飲むのではなく、酒を美味そうに飲ませたら田中が一番!なのだ。今回は酒田の人と沢山、話が出来て楽しかった。美味い酒、メシもこんな楽しい人達と共有したら美味さ倍増だ!!・・・・・・そして結果、飲んでるつもりが飲まれて(*^_^*)この朝に至るわけ・・・・最上川を横目で見ながら、田中君に迎えに来てもらい、今井家で朝からホームミーティング!結局、二日酔いのボクは新規の主婦には役に立たず、同行してくれていた田中グループの熊谷奈保子F・DDがお見事なクチ全デモをご披露してくれたのだ。なんとアリガタヤ!!!いらっしゃっていた新規オバ様、今井家の大お婆ちゃんも大感激な時間となった。ランチは、みんなで美味しい酒田ラーメン(近所と聞いて行ったら10キロ位あったかと思う。)はさっぱりして美味しかった。こんなさっぱりしたラーメン食べて育ったから、今井家の皆さんはサッパリとした性格な仲良し一家になったんだろうか! 最後の絹子さん(お母さん)の一言が強烈だった。"AMのお陰で離れて暮らす娘、息子ともマメに話せる機会が増えて本当に喜んでいる。"との事・・・・よかった!そして酒田でDDになって一緒に子供達と海外旅行に行って乾杯しましょう! 夢なんて片っ端から叶えましょう! 仙台までは田中ダイヤが運転してくれた。途中の河原の景色、光り輝く水面、真っ青な空に真っ白な雲、活き活きとした樹木の緑・・・自然の自然たる美しさに感動の連続だった。

夜の仙台でのミーティングでは、また新しい出会いがあるスバらしい時間を過ごした。(宇津木グループ、大友グループ頑張れ!他系列の皆さん、いつも感謝!植前君・・・カラんでゴメン!) こうやって日本を旅していると知らなかった世界、空間、生活、時間・・・・生きていてヨカッたぁ〜と実感するのだ。翌日は久々に郡山で朝から後藤グループとミーティングをしてランチをした。ここも本当に元気いっぱいだった。みんなどんどん素敵に変化しているぞ。しかし司会の長谷川三和さんは見事な司会ぶり。リーダーとしての素質は充分、川崎可奈ちゃんも素敵に変化、お母さんも登場で素敵な方。
村上久美子も子育てしながら若々しく頑張る。秋田から来てくれた松井君と長雄昭子さんは本当に面白かった。AMは素敵な仕事だと思う。
誰かに争うではなく勝ち負けでない世界。人の成功を素直に喜べる世界、そしてそれをお手伝いできる充実感! こんな仕事ってないよなぁ!
|
|
|
9月27日(水)下田は相変わらず平和な朝である。9月〜11月にかけての下田は夏以上に素敵な季節だ。朝の爽快な気分といったら、格別である。湿度を含まない海風というのは本当に気持ちが良いしマイナスイオンがドバァーと大盛り"つゆたく"で含まれているのだ。朝の深呼吸をした瞬間にニュートリションと同等の栄養を吸収できる。(あくまでも比喩ですよ。薬事法違反ではありません。) 大体、下田での朝は5時から6時に自然と一度起きて、歯磨きをしながら波のチェックをする。そして早朝のうちに庭の樹木に水を撒いて草花と会話。(これは成長効果絶大です。)その後、コーヒーを入れながら海に入るか朝食の支度をするか、もう一度寝るかを考える。そんな事をしているうちに、泊まっていた友達が起き出して、なんとなく毎日が始まるのだ。今回は昨晩一緒に東京からやってきたシンノスケ、ミュージシャン一樹(DノーツというグループでCDデビューしている。)、その友達の女の子、何故か昨晩、我が家にAMの話を聞きにきていたアフリカ系ブラックのアドゴニ(アフリカ生まれ、フランス育ち、中国で勉強、日本で俳優!"ミラクル・バナナ"なる映画に主演している。)がやってきた。相変わらずの人間筑前煮で新たな交友が始まっている。さて昼間は各自、サーフィン、海水浴、カヤック、散歩、昼寝・・・・そんなユルい時間を過ごしていた。波田は裏庭に椅子を持ち出して座って、何も無い所に5年計画で何を作るかの考え事に費やしていた。(プール、バー、屋外暖炉・・・・) 実は今日は下田での歴史的な夜なのだ。 そう、何故か波田の中では下田では仕事は考えていなかった。(ここが甘い所・・・スマン)ところが半年前に先会計、ダブルダイヤを達成した城野夫妻のフロントの森夫妻(下田で老舗の薬局を経営)がいるという事は知っていたが、なんとその森夫妻は9月でDDになるという。この事実は衝撃であった。この人口二万人弱の小さな町でDDだなんて・・・・ということで、波田の方針は全く変わった。そして聞けば下田の街の中で会場ミーティングをするという。"えぇえぇ〜〜〜!!下田でぇ!!"正直ビックリした。これは利用させていただいて、波田チームも、この地で盛り上がりたい!絶対に下田でグループを作ろうということに当社の取締役会議(波田一人)で決定した! フロントのシンノスケは下田で出会った少年である。彼は、とても自由人で日本全国、世界中で旅をしてサーフィンして、友達作って生きている。(現在25歳)その彼は友達が下田にいるので一緒に下田にやってきてミーティングに沢山の友人を連れて行った。ミネ君はプロを目指すサーファーで神奈川で生まれたが下田で暮らしている。彼はシンノスケのAMの考え方に賛同してサイン!グループもだんだん出来てきて6〜7人の仲間を連れてミーティングに参加した。19時から行われた下田商工会議所会議室は熱かった!下田の商店街は19時を過ぎれば、全く歩行者なんていなくなるが、この会場に満員に近い40人位が参加していた! 富士市から荒川エグ御一行、そして"飛ぶ鳥落とす勢い"の畑山喜子T・ダイヤもグループと参加している! ヤンベェ〜〜・・・とにかく素晴らしいミーティングだった。城野ダブルのマーケは完璧!つい昨年まで超稼ぎまくっていた敏腕・音楽プロデューサーだったのに、そんな過去をひけらかす事も無く、AMの魅力を語ってくれたのだ。終了後はアフターミーティングに参加する為に、またオキラクハウス(波田の別荘の愛称)に戻り軽い"宴"をした。15人が参加して当然、今日のミーティングの話、AMの可能性についての話、今後の展開の話、少し馬鹿話で盛り上がった。やはり、下田でもビジネスを広げていこうと決断!波田のプロスペクトの地元サーファーのユウジも、ミーティングを見て理解してくれた。ウッフッフッ〜〜"頑張るゼィ!!" 森君、城野夫妻有難うございます! ペリー来航以来の下田の大事件として捉え、このビックウエイブに乗らせていただきますよ!!!
|
|
|
9月16日(土)今日はハッピーな日である。夜は石井俊八&チカのニューファウンダーズ・ダイヤモンドの達成ラリーが横浜市の都筑公会堂で開かれるのだ。二人の達成ラリーというよりグループのリーダーのファウンダーズDDのお祝いの意味も多くある。ということで、とにかくお祝いムード満点な日なのだ。朝から雑務仕事やジムでの発汗をして過ごし夕方にクルマで会場の都築公会堂に入った。

入ってイキナリ目に入ったのは主催というかゲストというか、ある意味、主賓な俊八が受付周り、駐車場とかをウロウロしている。何をするではなくウロウロ・・・・元来の貧乏性という性格を引きずっているのか・・・こいつ!可笑しい!(普通、楽屋でジッとしているもんだ。) 俊八と初めて会ったのは、今から約14年くらい前であろうか。AM本社(当時は南麻布のビル)の本社でのオフィス・ツアー(会社が一般の為に会社見学を受け付けている日、コレ見るとサラリーマンはスケールにヤラれる!主婦は只の小遣い稼ぎでは無いと気が付く。)にボクは、はじめたばかり若者を連れて行っていた。そして、その時に目を吊り上げて"仁王立ち"していたのが石井俊八だ。彼は当時、大手ゼネコンで出世街道まっしぐら!!社長になるためになりふり構わず働いていた時代だった。そして義理の弟がAMビジネスを始めて、それを阻止して欲しいと義母さんから頼まれ、そのビジネスのヤバイ点を探り、そこから説き伏せようと思い、会社を見に来たと言っていた。まさに一流のアンチ(ネガティブ)だったのだ。しかし疑れば疑る程に確信に向かってしまい、結果・・・サインしてエメラルドにダイヤに、そしてファウンダーズダイヤという偉業を達成したのだ。彼らを見て分かった事はマイナス10レベルのアンチは、分かるとプラス10に転じるという事なのだ。順風満帆でここまできたとは思えないが、やればやる程に核心から遠のくサラリーマンと、やるほどに核心に、夢の現実化へ向かえる仕事とは"やりがい"が違うのだ。 さて本日の司会は国府田修司ルビーと安久津友香SPで、進行も爽やか、ゲストのスピーチも爽やかだったなぁ。当然にファウンダーズだから6系列紹介コーナーも涙モンだった。咲間光雄、児玉佳則&美記、加藤公治&路子、元村孝之&窓佳、上野由利子、宇田淳子とそれぞれ石井の紹介が素敵だった。みんな本当に人生に頑張っている。"運"も当然に追い風にはなったが、それ以上にアキらめずに頑張ったのだと思う。ラリーは本当にアットホームを越して石井グループのディストリビューターは家族になっていると感じる素敵なイベントだった。イイモノを見せてもらいました。有難うございました!!そしてエグの達成ラリーを見せてください!!ヨロシク!(しかし実力的には全然できちゃう石井夫婦です。)

アフターはセンター北の"ラ・ボエム"で立食パーティーが行われた。キャパ40人に85人位、いやいやもっと・・・いたかとおもう混雑振りだった。まぁ!とにかく楽しい盛り上がり感、イッパイな夜でした。アップラインのチカちゃん弟(ナカジー夫妻)は現在エメラルドになり一族で幸せ。アップの大熊実&真理ダイヤモンドも沢山のダウンに囲まれて幸せそうだった。 ファウンダーズダイヤはこの数年で出来たピンレベルだが本当に意味がある。これを安定させていれば、間違いなくエグだぁ、ダブルだぁはいけるでしょう!! 誇りに思えるお二人でした。やはり、"ア〜じゃコ〜じゃ"言ってないで、目指す人が結果を出すんですよ。・・・・・・・・・そしてクリックしちゃったんです。ヘッケルに! (*^_^*)
|
|
|
9月8日(金)今日は満月である。昨日までの二日間は夏明けの久々の"下田ブルーカラーディ"だ。(ブルーカラーディは波田が造った造語で肉体重労働系の作業がある日を指す。肉体労働というとどうも重い汗臭い空気でお手伝い要員が集まりにくいので、ブルーというマリン感覚を連想させ錯覚して来た友達に、楽しい肉体労働をして楽しんでいただき、サーフィンして和みましょうという企画。そうブルーは海のブルーと労働系の象徴色ブルーをかけたわけだ!ナイス!まぁここ以外では通用しない造語である。いずれにしろ新種の詐欺に近い名称だと思う。)さて昨日まで来てくれた作業隊員&サーファーは福井剛、米軍健ちゃん、千葉正、磯貝とデブゥ〜兄、そして玉田と徳永君だ。そうだ室町と鈴木将吾も来てくれた。飯炊き女として米軍勤務のさち子嬢も来てくれた。今回の作業は昨年暮れに手に入れたオキラクハウス裏のテニスコートのフェンス破壊だ。

破壊=福井という図式は正しくものすごい破壊活動をしてくれた。なにせ5人で二日間かかると見積もっていたのに、オレが朝、資材を買いに二時間出かけていた間に、すでに完了していた。そしてご丁寧にちゃんと廃棄施設に持ち込むようにトラックに綺麗に積んであった。アンビリーバブル!!若き労働力は無駄には使われず、土地を改造する為の基礎工事に突入。穴掘り→鉄筋埋め込み→生コン流し込み→平らにする・・・・という日曜大工の域を越した工事を手伝ってくれたのだ。とにかくその仕事ぶりといえば人間ワザを越えて人間ユンボウ、人間掘削機、人間セメントミキサーとして15通りの使い方が出来るスーパーマシーンなのだ。昨晩は満月ということでお月見台で相当に盛り上がっていた。この十五夜の為に作られたといっても過言ではなかったであろうお月見台は本当に楽しめる。さて今日は朝から二日酔いで痛い頭を抑えながら朝食の準備をして、早々に東京に向かった。

福井号(元は波田のV次郎号なるベンツの黄色いワゴン)は快適。愛したクルマをまた愛してもらえている事は嬉しい。東京には結構、早く帰れて、そのまま千葉に向かった。今夜は千葉でミーティングなのだ。時間があったので福井の幕張の新居を訪問して、とにかくビックリした。ビビビビビビックリ仰天だ!!かっこ良すぎる!ずるい!スポーツマンのクセにズルイ!! 幕張のオシャレな町の最前列で海のまん前。最上階からの眺望は東京湾から大空から夜景から、もう何でも見えまくってしまう! そして室内が驚異だ。天井高はマンションなのに4メートルもあるから、まぁ広いのナンのって!!部屋も一部屋づつが天井が高いから外国みたいだ。東京都心なら間違いなく100万円コースだろうなぁ。それがナント・・・・・だって!許せない! その後、近所のホームセンターを覗いて(ホームセンターめぐりはボクのらライフワークなのです。)から今日の会場の"松戸ラドン温泉大宴会場"に向かった。しかし話には聞いていたが、闇の中にそびえ立つ古びた旅館風の建物に光る真っ赤な"松戸ラドン温泉"の看板にはやられた! なんだか燃えるぜ!

福井グループを中心にもの凄い人数が宴会場に入っていた。今期、ダイヤを真剣に狙っている宍倉久美子チーム、石井俊八チームの阿久津有香SP(超ダイナマイト級元気!超ナイス!)も来てくれている。 波田も福井チームの新会計への心意気も感じまくり、結構しゃべりまくった! 奴にも今期はやってもらわなくてはメンツにかかわるゼィ!(やるとはダイヤモンドという事) しかし、ひつこいが築100万年の松戸ラドン温泉の宴会場とは思えない程に雰囲気もヨロシク、楽しいミーティングだった。 アフターはまたまた牛角グループの"しゃぶしゃぶ温野菜"で深夜に食べ放題を選択するところが感心! さすがに若さと狂人的肉体を誇る福井チームの食欲は尋常ではなく、見ているだけでお腹イッパイになった。今日も沢山の人と会ったし感動出来た。 AMって本当に面白い!!
|
|
|
9月3日(日曜)今日は佐藤富雄先生(※1)の愛艇"トミーウォーカー"という船に乗せてもらう機会を得た。佐藤先生とは昨年に講演を依頼してからの付き合いなのだが、以前に西麻布でイタリアンをご馳走になった際に、この新艇をフィンランドに注文していて、もうすぐ日本に入ってくるという話を聞いて是非、見せていただきたい、乗せていただきたいとお願いして今日に至った。11時に熱海の佐藤先生の事務所で集合ということで、早めに熱海には到着して駅で山崎ヨッちゃんCA(船の購入を検討しているので参考にと誘った。)と藤田直之R(当社の第二秘書)と待ち合わせた。海岸の前の大海原を一望の見渡せるオフィス(オフィスというより超快適なリビングでお仕事が出来るような仕様になっている。)は快適だった。

そしてそこに飾られている物も、それぞれが先生の思い出の品々だった。 医学博士にして農学博士、そして写真家、冒険家の肩書きを持つ(最近も新しい写真集を出版されていた。)先生の趣味は多枝に渡る。床には熊の毛皮が横たわる。狩猟したヒグマの毛皮だ。棚にはカメラマニアならヨダレもののカメラがまたカメラ庫(ワインセラーみたいにガラスケースでレンズやカメラが保管。)にハッセルブラッドやライカがズラリ。そして三台の大型デスクには数台のパソコンが並び、後ろの書籍棚にはボクの一生分位の本が並んでいる。織田信長がキリシタンから献上された剣・・・・置いてある先生の愛用品もイチイチなんだかカッコいい。そしてダイニングテーブルでビールで乾杯した後に先生の武勇伝を聞いた。北極熊を狩猟しに1ヶ月のキャンプをした話、ソ連のミグ戦闘機で大気圏を出て青い地球を見た話、最近作ったフィッシング用の北海道中標津の別荘の話、銀座に購入した38階建てのタワーマンションの話、美味しい熱海の店の話(この話には加われた!)とにかく会話は多枝に渡りまくっていた。その後、徒歩4分の熱海マリーナまで歩き先生の新艇"トミーウォーカー"(ウイスキーのジョニーウオーカーをもじっている。船の横のロゴがパクっていて可愛かった。)に乗船。

波は決して高くはなかったが台風12号の影響でウネリは激しく少々揺れたが出航して目視できる熱海から20分の初島まで渡った。先生はこの前の船まではヨットで32フィート程あったらしいが、シングルハンド(一人で操縦出来る。)の船が気軽で散歩気分で船に乗れる感覚ということで、このフィンランド製の27フィートのクルーザーに乗り換えたそうだ。(サイズは小さいが国産のこのサイズの倍以上の価格!)初島港は湾内は穏やかで簡単に接岸した。そして今日のメインイベントの定食屋に向かった。初島には先住民の経営する11軒の定食屋が並んでいる。なかなか個性的で美味しい店もあるらしい。ということで先生の推薦の"かご屋"に入った。結構混んでいたが、流石に常連の佐藤先生で席はすぐに設けられて宴会は始まった。昼のビールは本当に美味しい。刺身と鯵のナメロウ、そしてお奨めの島ラーメンと島カレーはなんとも言えない味だった。その後は波が高くなる前に退散ということで熱海港まで帰った。本当にお散歩感覚なクルージングだったなぁ。再びオフィスに帰って海の話で盛り上がった。

趣味の幅が広いということは生きる幅を広げる。共通の趣味は新しい出会いを生み、会話がはずむ。何かに興味を持って好奇心を大生にしていると、きっとストレス解消になるし若返りに通じるのだ。
佐藤富雄先生は75歳にして朝はジョギング、山盛りのサプリメントを食べて、勉強をして、論文を書いて講演をしまくり全国を廻り、ハーレーに乗り、フィッシングの為にアメリカ、ハンティングの為に北極、ミグでの大気圏旅行の為にロシア(当然、ミグで大気圏を越えた最高年齢と言っていた。)、写真を撮ったらプロ級、ご自分の操縦で食い倒れクルージング、食通にして、恋のプロフェッショナル(恋愛術の本も沢山出版)ガールフレンドは20代から各世代に配備(酔った勢いで語っていた!決して不健全な交友ではない。)とまぁ、男なら憧れる人生を地でいっているのだ。素晴らしい生き方を垣間見せていただいた素晴らしい一日だった。きっと、これからももっとお付き合いさせていただいて、カッコいい男の行き方を学ばせて頂きたいと痛感しながら家路に着いた・・・・・。
佐藤富雄
生き方健康学者、作家。医学博士、農学博士。外資系企業勤務、医療機器メーカー役員を経て、現在、口ぐせ理論実践塾塾長、ヒューマンギネス倶楽部主宰、スピル・ハーレット大学(ルーマニア)教授
、ルーマニア名誉領事。栄養生化学者、健康科学者として長年にわたって人間のからだや健康のあり方を、抗老化(アンチエイジング)に焦点をあて追求。
そうして、健康とは体の状態だけではなく考え方であることを、心と体の制御関係から説く。適切な健康観をもって正しい健康づくりをすれば、100歳を元気に生きられると提唱する実践理論が「生き方健康学」。その「生き方健康学」を学び、いつまでも生き生きと素敵に加齢するオプティマルエイジングを実践する会「ヒューマンギネス倶楽部」を主宰する。また、同時に話題となっているのが、大脳・自律神経系と人間の行動・言葉の関連性に着目した独自の「口ぐせ理論」。サイエンスをベースにした明快な理論と誰もができる実践方法が支持され、数々の著書や講演・セミナーで大反響を呼ぶ。2003年10月に開講した「口ぐせ理論実践塾」では塾長を務め、セミナーでその生き方理論を直伝している。これまでに、受講者数は1000人を超え、理論を実践することで人生が変わった、夢がかなったという受講者が続出、絶大な人気を誇っている。人間は何歳になっても心身ともに成長しつづけるということを自らの人生を通して実証する。例えば、48歳から始めたスキーは上級の腕前で世界の山々を滑っている。2005年もカナダのウィスラーでのスキーを楽しんだばかり。また、58歳から大学で再学習をはじめ、65歳まで3つの大学、大学院で学ぶ。65歳のときにはイヌイットとともに北極グマ狩猟の旅をする。そして、73歳でミグ戦闘機で大気圏まで飛びアクロバット飛行を体験。その他、クルージング、モーターバイク、射撃、写真等を趣味とし、遊びの達人とも言われる。こうした活力ある自身の生き方を通して説かれる生き方理論は、誰もが納得するところであり、人々を魅了してやまない。口ぐせは「人生これから黄金期 未来はますます開けていく」。
<所属団体>創作関係
日本ペンクラブ会員(国際委員)
日本文芸家協会会員
日本旅行作家協会会員
日本写真作家協会会員
日本写真芸術学会会員学術関係
日本農芸化学学会会員
日本栄養食糧学会会員
日本農業経済学会会員
日本健康心理学会会員−認定専門健康心理士
中国中医薬学会顧問
American Academy of Anti-Aging Medicine(米国) 会員その他
日本・ルーマニア協会理事
静岡経済同友会会員
以上、ホームページより抜粋。
|
|
|
8月の東京はひたすらに蒸し暑い日が続く。この蒸し暑い夏の日々が実に好きだ。波田のイメージの中の夏休みは"蒸し暑いある日、セミが泣き狂うに山を背にした海岸で海水浴"なのだ。そこでスイカを食うかビールでもシュッパッーと飲めればパーフェクトだ。これこそ夏を満喫している瞬間なのだ。 正直言うと東京の8月は辛すぎる。オレの少年時代の東京の8月と明らかに暑さが違うと思う。それはやはり地球温暖化というか世の中エアコンを使いすぎて周囲の温度が上昇しすぎているのとアスファルトの地熱であろうか。いずれにしろ、大好きな夏休みは東京ではあまり過ごしたくないというのが本音だ。またスーツに皮靴なんて想像もしたくない。なぜならば、実はオレは"汗かき"なんて可愛いもんじゃなくて多汗症というか、夏場はもう人類を越えて両生類となってしまう
"激しい新陳代謝野郎"なのだ。なにせ常に汗ばんで肌はペタペタ状態。メモ用紙なんて腕にピタッと貼り付けられちゃう程だ・・・・・(不快粘度は1〜5まで決められている。この学説はいつかご紹介しよう。)そんな不快な場所からはエスケープ(逃避)したいと考えている。もちろん両生類化を避けて軽井沢とか北海道も正しい選択肢ではあるが"無き狂うセミ""程々の蒸し蒸し湿度"は必要なのだ。

夏を下田で過ごすようになり三年目となった。厳密には少年時代から何かにつけて下田には来ていた。(南伊豆に初めて来たのは小学校3年生の夏休み。強烈な海の綺麗さが印象で下田より少し先の仲木という場所。そして衝撃を受けたのが大学2年生の頃、先輩に連れられてきた多々戸浜、海が真っ青で砂が真っ白、そして外人が沢山いたのが記憶にある。その後DDになって皆で下田の会員制のホテルの権利を購入。来る頻度は当然に上った。) そうして貸し別荘を借りて過ごしたり、キャンプしたりと様々なスタイルでここで時間を過ごしてきた。その後、縁あってアメリカ人が建てたビーチハウスを購入して、いよいよ定住型で下田で過ごす時間がどんどん増えた。昨年は夏を40日近く、ここで過ごした。(夏だけでなく通年来ている。) 今年は昨年ほどは暑くは無いが、夏の下旬にして未だにエアコンは使っていない程に清々しい。海の前なので内陸と気候が違っていて涼しいわけではないがエアコン不使用のギリギリの爽やかな風が抜ける日々が続く。今年も沢山の仲間が下田にやってきた。延べで150人は優に超えている。作った食事は45回を越え、という事は500人前以上の食事を作った。何年か前にハロートークで言っていた・・・・いつか民宿のオヤジをやりたい、それがボクの夢です・・・・が実現化しているから驚く。(我が家は民家で絶対に民宿ではないが近所からはそう思われている。)
さて今日も12人のゲストと数人の子供が来ている。みんなそれぞれビーチで遊んだり、海水浴、サーフィン、ボディーボード、プール(近所のホテル)、温泉(これも近所のホテル)釣り、海中生物捕獲(古山専門)デッキで昼寝をする人もいれば、屋根の上の展望台で過ごす人もいる。読書をしたり昼寝をしたり、日光浴したり・・・要はここでは皆が勝手にオキラクに過ごすのだ。 そんな時間を楽しむ皆の顔を見ているのが好きだ。

今年も沢山の夏の思い出作りの手伝いを出来たと思う。・・・・・・しかしここで本当に何を言いたいかと言えば、世の中の人々にもっと"人間的"に暮らして欲しいという事だ。先日、フランス・パリに行った時に現地の日本人からスゴイ話を聞いた。フランス人のサラリーマンは年間に117日しか働かない。これは国が定めた法律なのだ。それ以上働かせたら、その企業は国から罰せられる。そして週35時間労働、年35日のバカンスが約束され年間で135時間しか残業は許されない。(月に135時間位サービス残業している日本人サラリーマンを知っている。)そんな話を聞くと日本の雇用事情とのあまりのギャップを感じるのはボクだけかなぁ。しかし環境がどうであれ、人生の自由は勝ち取るものでしょ。社会に、会社に幸せにしてもらうのではない時代がこれからではないであろうか。自分の力で自分の本当に過ごしたい人生を勝ち取って欲しい。日本のエンドレスサマーは勝ち取るものなのだ。(まわりと同じ事をしていたらどうなるかわかるよね・・・・・・) オレの夏休みはまだまだ続く。自分の夢を叶える事が可能な仕事を目の前にしている幸せを感じて欲しい。人生であと何十回しか過ごせない好きな季節を好きなスタイルで過ごしたい・・・・・これって贅沢?
※ 写真は今年完成した"お月見台"で満月観賞する皆・・・・放心します。
|
●1日・・・今日は一人でLM。たまにはAMについて語ろう。笑いは無いよ!
|
7月1日(土)毎月1日というのは好きだ。昨日までの臨戦態勢から一夜明けて平和が訪れる。同じ"一日"なのに月が替わるとこうも心境が変わるのか・・・と言う程にこの仕事をしていると一ヶ月という単位が意識の中に思いっきり入ってくる。現在48歳。自分の年齢は過ぎてから様々な事を感じる。あぁ20代はこんなだった。35歳のころはこんなだった。40歳になってもまだ・・・・・その時点では年齢的なことは感じない。ただ今日が残りの人生で最も若い日である事は間違いが無いから、未だに年齢的な焦りの方が多いのだ。そうやって思い起こすと10代後半も焦っていたし、20代も思いっきり焦っていた。というより不安だった。30代になってその不安のエネルギーを仕事に全精力を傾けた。40代は経済的な不安は無くなったが別の不安が浮上。(不安は大袈裟かなぁ。自分自身の生き方の問題です。やっぱりA型の悲しいサガなのかぁ!)今日は朝から"一人LM"をしている。AMという仕事に出会って21年、いや22年目だ。オレの場合、最初に知ったときから13ヶ月間、全く何の活動もしなかった。というか完全なる義理サインだったので、スポンサーからのアプローチも無かった。自分からこの可能性に気が付いたなんて事は絶対にないが、ある時、素直にこの仕事の可能性を気が付けて良かった。なにか虫の知らせというか、当時、自分が全精力注ぎ込んでやっていた仕事に未来が見えず、ハッキリ言えば相当な挫折をしたころだった。今、考えたって二千万円近い負債は26歳のオレには厳しい数字だった。頑張れど頑張れど未来が見えない辛さと不安・・・あの心境を身体が覚えたら、チャンスに人並み以上に敏感になって当然だったと思う。いずれにしろ、もしAMの仕事をしていなくても何かの仕事を、それなりにやって結果は出していると思うが(ずっとこの自信過剰がオレを支えている。)・・・他の仕事でここまで多くを学べたか、沢山の人と知り合えたか(知り合うというレベルも微妙で、ただ知り合いの数が多いなんてヘボな自慢ではない。)そして経済的な安定を得る事ができたかを考えると、とても自信は無い。・・・・・・なんてこと考え出すと、強運といえば強運。運命といえば運命、そして今では様々な過去の事柄が必然で今があると思えてくる。オレは意志は強い。そこそこ根性もある。理不尽なことは絶対に嫌いだが納得すれば、どこまでも頑張れる・・・そんな性格は幸いした。(そんな性格に自分で変えた。)しかし本当に、こうなれたのも全ては"出会い"なのだ。"人生、誰と出会い何と出会うか" 最近、高校の時の同級生をスポンサーした。お互い48歳という年齢をどのようにとらえているのか。大昔ならばその年で死んでも長生きといわれる歳だし(江戸時代位・・かなぁ)、また一昔前なら55歳が定年で、48歳といえば、もう定年後の準備を考える歳。肉体的にも30代とは違うし40代前半とも違う。内面的にも変わった。物に対しての欲求も大きく変化したし、第一、性格も相当に変わって、戦いを避けて思考して、また怒る事が少なくなり・・・・自然なのか意図的なのか分からないが明らかに変化はしているのだ。 まぁいいや・・・・・とにかく、この年齢になったから、こんな言葉を噛み締めるのかもしれない。
"青春はある一時期を言うのではない。人は年を重ねただけで老いるのではない。人は夢を忘れたときに老いが始まる。"とアメリカの詩人は言っていた。 老いを恐れて、その為に夢を持つつもりはないが、夢がある人生が楽しいに決まっている。そして夢を叶えられる仕事を持っているという幸せを感じる。マップ書いて様々な想像をしながら、これから出会う人、出会うべく人への思いを馳せよう。来会計はやるよ!! 必ずひとつの節目にしたい。 きょうは一人ジィワーンと考えている。そう、オレはいつもLMで言っている"おまえはどうしたいんだ!!?"・・・・それを自分に問いかけている。 自分のしたいようになるのが人生。たまにはゆっくり本当にどうしたいのか考えてみよう。それが自分の、そしてアナタの人生のキーワードなのだ。人生のは"一人LM"が必要だ。
|
|
|
6月17日(土)朝は相当に辛い起床だった。昨晩は遅くまで最近始めたミーティング(イッピデゴォー/毎月1日から飛ばしてゴォー!という意味。)の三ヶ月に一回の達成者のお祝いホームパーティーが波田家で行われたのだ。ニューSP以上を達成した人6人が招待された。(というかした!)食事は波田とスタッフの上埜DDとグループのマキちゃん、そして姫路から来ていた重田頼弘DDが手伝ってくれて作った。パーティーには石井俊八ダイヤも参加して皆で祝杯を上げた。しかしみんな食うわ、食うわ、飲むわ、飲むわ!!大量の料理も酒もドンドンと消費されていった。祝福する人もされる人も幸せな夜だった。そして藤田直之Rの愛妻・朋子さんの誕生日も発覚してリトル・サプライズ!!・・・・そんな"宴"の翌朝には当然のツケがまわるのだ。ドリンクガードでもガード仕切れない限度を超えたのか。止めとけば良いのに・・・・しかし今日はそんなダラダラしているわけにはいかないのだ。今夜は春からずっと準備を続けてきたラリー(Think
Big Rally)が開催されるのだ。

最終的な打ち合わせは夕方4時に会場に集合なので、それまでは雑務をしよう。最近、植え替えた観葉植物(モンステラ、かしわばゴム、くわず芋、そしてウンベラータ)のお手入れと"波田ハーブ農園"(すごいでしょ!!そこにはローズマリー、イタリアンパセリ、唐辛子、パセリ、ゆず、山椒、シソなどが栽培されている。・・・・わずか畳1畳だけだが・・・)のお手入れをした。草花は手入れをするとちゃんと元気に育って、お返しにボクに元気をくれるのだ。最近はジジイ化してきたのか、そんなガーデニングに興味が絶大なのだ。そして7月のF,I,T(ファウンダーズインビテーショナル)のビフォーとアフターの旅行の企画を最終的にJ,T,Bのタコ・田中(波田パーソナル・毎年の冬の激安スノボーツアーなどは全てこのタコの仕事です。)と打ち合わせをした。今年はワールドカップの影響かヨーロッパ方面への移動が物凄い混んでいる状況。結局、悲願であった北欧(ノルゥエー、フィンランド、スウェーデン,デンマーク、そして帰りにスペインのイビザ島とバルセロナ)を訪問する。その際、無限に時間があるわけでもないしツアーに乗って回るわけでもないのでエアーの手配、ホテルのチェックや予約(高級やらデカイばかりが良いホテルではない。ホテルにゆっくり出来る日と夜中に入って早朝移動なんて日にはそれなりに異なった目的となる。こんなことが面倒と言ってしまえばそれまでだが、情報さえあればゴキゲンな旅が出来るのだ。)3時半に田口Emeが彼のメルセデスベンツ"S"500ロング(真っ黒でデッカくピッカピカな車。世間的には一般人とか優しい人という印象はあまり与えないであろう業界人に見える。しかし快適さはハンパ無い!) で迎えに来てくれた。奴のピカピカな黒塗りのベンツが家の前に来ると、やはり近所の目が気になる。(はぁっはぁ〜〜波田さんはやっぱり・・・怖い人!!)さて、ラリーの打ち合わせは順調っぽかったが会場に入ってステージのセットや再度のリハーサルなどをやった。時間的に余裕がなかったのでキツかった様子だ。ラリーは本当に素晴らしかった。スピーカーの四人も緊張も無く(きっとあったんだろうけど全く感じさせない出来栄えだった。)素晴らしかったし、メインゲストの井利元はバッチリと決めてくれた。(今、ラリーのビデオは製作中なのでお楽しみに!)終了後に出来る裏話だが、実は今回は三回の映像を流したが最初から機械とソフトに不具合が発生して予備の機械も準備はしていたがリハーサルでは完全に不安を感じていた。結局、土壇場で二台の機械ともダメと発覚して担当者は放心!!しかし"捨てる神あれば拾う神あり!"でたまたまDVDプレイヤーを持っている奴がいたんだって。普通そんなものは持ってないでしょ!!後から聞いて冷や汗がタラァ〜ンと出た。だって映像を凝ったのにそれが流せなかったら全く別モノとなる。やはり神は見方してくれた。まぁ、今回ほどにラリーの企画に気合を入れたのも久しぶりだし、ラリーを主催するという事の重要さ、また苦労を再認識したということでも重要な意味があった。グループの人達に、もっとスポットライトを浴びさせてあげたいし、キッチリと表彰という形でやったことの偉大さを評価してあげたい。そんな思いは伝わったであろうか。アフターは近所のパーティースペースを堀グループの大谷が探してきてくれてセットしていた。なにせ新潟からもバスで数百人きていたので、そのエネルギーを発散させなくては!!とうことで250人と関係者と考えるとなかなか難しい条件だった。会場はなかなか素敵でとてもこの予算のパーティーとは思えない内容。

アフターに関しては一切の関与をしていなかったので進行を楽しみに、乾杯の音頭とともに思いっきりビールをイッキ飲みしていい気分に突入。そのうちボーカルの人がハッピーバースデーを歌いだしたから、昨日の藤田朋子さんのサプライズかと思いヘロヘロしていたら、♪♪♪ハッピーバースデーディア・ケージローさん〜♪♪と皆から歌われ・・・・泣いた。泣いてしまった。だって嬉しかったから・・・・・48歳の充分なオッサンが皆からサプライズで祝ってもらえるなんて素晴らしい事だ。その後、藤田が作ってくれたメッセージビデオは過去20年AMをやってきて最も感動的なビデオだったなぁ・・・・というか抱腹絶倒の一言である。本当に楽しい時間だったなぁ。ゲストのイリモトには申し訳ないが主役がボクになってしまった。余興も毎度の福井グループ空手の演武、田口、文彦キノコ隊、古山率いるパーソナル隊の顔面LОCデモも激しく笑えた。ということで実際の誕生日より8日も早いサプライズだったが、企画してくれた皆、参加してくれた波田グループ、堀グループ、福井グループには感謝している。さぁ立派な48歳になるぞぉ〜〜!!!
|
●花市場にプロの顔して乱入! 気分は植木職人かぁ!!
|
6月7日(水) 朝9時に敦っちゃん(福井あつ子F・DD 本業はフラワーアーティスト、センス抜群!なんと福井豪エメの妹。)と大田市場で待ち合わせた。大田市場はまず一般市民には知られる事のない"花"業者専門の市場だ。大きく分けて青果市場と植木、花を扱う市場に分かれている様だが、僕たち御一行は当然の"植木、花"への乱入となった。なぜか一般人が入れない場所に素人が入っているというだけで、とても興奮するのだが、その種類の多さと圧倒的な品物の量には感動する。しかしあまり興奮しすぎて素人とバレると問題あるし、せっかく連れて行ってくれた敦っちゃんに迷惑がかかるので興奮は抑えるようにしたが・・・・多分誰が見ても素人だったであろう。手前の数軒の店には鉢物と言われる観葉植物屋が並び、奥の数十軒には切り花が並んでいる。値段ひとつひとつを比較すると、一般の三分の一程度か! しかしお店屋さんの売れ残りなどのリスクを考えれば当然の値段設定であろうか。

今回のメインの買い物は明後日に決行予定の"下田ガーデニング計画"の一環で様々な四季を楽しめる樹木の購入が最重要課題である。しかし最初に予定していた樹木が見つからないとか、見ていたら欲しくなったとか様々な紆余曲折があり約二時間の買い物はとても有意義だった。一緒に同行してくれた植木屋のタケちゃん(大和田剛Exの弟でとても硬派な植木屋職人。レッチリRed
Hot Chilli Peppers 聞きながらバーボン飲んでお仕事。樹木と会話しながら・・・・という全然硬派でもなんでもない超ユニークな男)が迷いに迷いトラック二台分の木と花を購入した。(タケちゃんが買っているものは殆んど最初の打ち合わせと違うモノ。少々不安が入ったのは仕方がない。しかし結果は物凄い良い仕事をしてくれた。)オリーブ2本、サルビア、ヒピリカム、やまほろし、あせび、ラゴディアハスタータ、ワイヤープランツ、ポリゴナムそして新設の海へ降りる階段には鉄製の特製ナナメアーチを鉄のアーティストに設計図を書いて作ってもらったので、そこへテイカカズラとマダガスカルジャスミンをはわせて可愛いアーチを作るのだ。敦っちゃんに案内してもらったおかげで、本当に楽しい買い物ができたなぁ。

その後、野毛の家に戻り購入した、野毛のリビング用のウンベラータを降ろしたりして明後日の"下田植木デー"の下準備とした。(今回もまた数人の友達を甘い誘いで呼び出して・・・・結果手伝ってもらうのだ。)近所の定食屋で昼定食を食べて解散。午後はジムで二時間の発汗。数十件のメールの整理、その他事務仕事をして、夕方、本社に向かった。今日はSG50(薫DCA主催の50代対象のミーティング。)に友人とその会社の社長(某証券会社の社長。)と行くはずが友達だけになってしまったが、何かのチャンスと考えて一緒に行った。その友達は中学、高校の同級生なのだが、このミーティングに行き着くまでに数年の年月がかかった・・・・(涙、涙・・) ということでなんとか今回しっかり見せなくては!(なんと彼の会社の社長がAMに興味絶大でサインしたいと!!ということで二重丸な義理サインなのだ。まぁスタートはそんなもんだろう。ということで今日にかけているのだ。また同級生のボクが偉そうにマーケすると上手く行くものもいかないであろうと察したので、このミーティングに参加。)・・・・ところがなんと、奴はミーティングが始まるなり寝始めた!!! おい!こらぁ!デモを見ろよ!マーケを聞くんだぁ! 寝ているかと思うと時々起きて聞いている雰囲気だ。結局、薫さんのマーケは聞いていた。(魂はわからないが顔は聞いていた。)終了後は酒の力を借りなくては会話は成り立たないと思い、渋谷駅近くの居酒屋に入った。そしてマーケなんて全然見ていないと思ったら結構、ちゃんと見ているではないの! ダメだナァ〜〜人をそんな目で見ては。結構、飲んで、色々と話せていい時間だった。その後、もう一軒立ち飲みやに出かけて軽く飲んで解散。渋谷駅で別れて、数歩、歩いたところでミカちゃん(松田ミカ、グラフィックデザインを手伝ってもらっている。)に呼び止められた。彼女はスッピン!渋谷のジムで発汗してそのまま帰るのが日常らしい。そこで再び立ち飲み屋に戻り久しぶり〜〜の世間話をして飲んだ。楽しい時間だったなぁ。その後はちゃんと解散して何故かタクシーが見つからずに電車でニコタマまで出て、そこからタクシーで帰った。当然の泥酔だが、歯を磨く時の顔が笑っていた・・・・・・・・・・。
|
|
|
5月3日 ゴールデンウイークのまっ最中!!は下田のオキラクハウスで過ごした。今回の目的は庭の塀(へい)作りと屋根の上のお月見台、そして月見台に上るための階段製作というお題目があるのだ。もう日曜大工なんて域ではないが大工ハマーの陣頭指揮のもとで勇敢な男が集まった。(というか遊びにおいでぇ!と誘って、来てみたら大工仕事が待っていたというのが正しいかなぁ。)今回の参加者はハマーと土岐ちゃん、当社ウェッブデザイナーの馬橋君カップル(彼女のナオちゃんがメチャ可愛かった。)奴隷マスターの室町と彼女、そしてバーミヤンことヤマ(本当はバーミヤンではなくヒルトンホテルの中華・王朝のシェフ)下田の番人、シンノスケ、そして波田家の少年1号、2号、そして親友のコウキ君だ。とにかく渋滞を回避して2日の深夜には下田に到着をして皆で就寝。翌朝はサーフィンをしたり、トラックから荷物を降ろして早々に準備に取り掛かったりと慌ただしい。全工程をたった二日で完成というのは不可能な話しだが、何回かハマーとデザイン的な事、強度的な事で話し合い検討し、そしてハマーが図面を起し計測してくれて部材を揃え・・・・(要するに俺たちはハマーのお助けをしていたのだ。言われた事をサッさとやりまくった。)材料だけでも結構な量だ。デッキを増設して鉄骨の支柱を立てハシゴを製作。釘はかっこ悪いから、なるべく使わないで、またサビも困るので金属のツナギの材料なども使いたくは無いというワガママをハマーは聞いてくれた。(ハマーは実は最近めでたく入籍をした。なんと、ここオキラクハウスで彼女というか我が社の実質的社長の土岐智子さんと出会っているのだ。命の恩人じゃない"恩家"の改装といえば命をかけてやってくれる!) 本当に段取りは完璧で我々はあまり頭脳を使う事無く言われた作業を"無"になって馬鹿話をしながら進めていった。庭の外に作った塀はアメリカの中流階級の庭先に見られる平和の象徴みたいな板をタテ張りに等間隔で打ちつけたもの。全て同じ長さで切って防腐塗料のキシラデコールを塗り塗りした。そして男らしい電動工具を使ってバッシンバッシンと板を一枚一枚、打ち付けていった。(こんな作業を一人でやっていたら淋しいなぁ。やっぱりアホ話しながらの作業がヨコシマだが楽しいと思う。ランチはビールを飲みながら屋外ダイニングでパスタ三種類を作って食べた。なんだかドロドロになって海見てビール飲んで仲間とアホ話してるのが、最高だなぁと痛感するような瞬間がなんどもあった。夕方までなんとなくマッタリ気分も半分に楽しく皆で過ごした。少年三人は完全なる野放しで何処に行ったかわからない。完全に親は解約状態だ。しかしメシの時間になると帰ってくる。夕飯まえには恒例の近所の某会員制高級ホテルの洞窟温泉に無断で入浴! (断っても入れないので挨拶は省略した!)そんなの慣れたもんで皆で和めた。夕飯は皆で様々なモノを作り片っ端から飲んで食った。暖炉も燃やしてムード全快!後半は記憶も無く日記も書けない・・・・・・・・・とにかく、ここにいると様々な人間が出入りしてきて楽しい。こんな皆が楽しい空間が夢だったんだなぁ。次の満月には絶対に屋根の上でお月見をしよう!! 明日は完成に向けて朝から張り切る! 手伝ってくれている皆、ありがとう!!だましてゴメンね!
|
|
|
4月28日(金)昔で言うならば今日は最終営業日だがインターネットの注文が31日午前12時まで受けているので営業日としては今日なのだ。業界的には臨戦状態を感じる。昨晩はラリー関係のオーディオビジュアル的な打ち合わせとかで、酒抜きだったせいか朝は快調に起床して早朝から仕事を片付けて午前中はジムで発汗した。酒抜きが気分が良いという事がわかっているならば、飲まなければ良いと考える程、馬鹿じゃない。いや利口じゃない。昼に帰ってシャワーを浴びて、お手伝いさんの敏ちゃんと秘書(実際には社長かなぁ)の土岐ちゃんの昼食を作った。どうしてだか我が社の風俗習慣で、ボクが作るのが恒例になっている。ランチタイムのお客さんは全員で食事をする。ということで午後は流石に月末のやるべき事をこなした。5月のスケジュールの調整、7月のヨーロッパの段取り他、様々な雑務がある。連休には下田でお月見台を屋根の上に作るのでその作業の段取りもあるのだ。月末なので来月の目黒オフィスのスケジュールの最終信も出さなくては!!とナンだかんだしているうちに、夕方になった。 今日はビッグイベントがある。スポンサーの林立夫CAに"個人面談"をしに北鎌倉まで出かけるのだ。

林さんに出会ったのは27歳だった。かれこれAMを始めて21年が過ぎたが、その間、多大な影響を受けた。ビジネスだけでなく人生にも強い影響を受けた。僕の考え方、判断の仕方、林立夫氏から35%は影響しているだろう。(中島薫氏も35%・・・・他はナイショだ。)等々力から自由が丘経由、東横線特急で横浜で乗り換えて北鎌倉に到着。所要時間は1時間弱で驚き!!本読んだり、音楽を聴いたりと小旅行気分だったが、あっという間だった。想像以上に早かったので北鎌倉界隈を散策した。建長寺だけでなく駅界隈も充分にここは観光地だと実感。しかし京都も良いけれど鎌倉の街がもつオーラはハンパじゃない。こんな短時間でも来て良かったと実感。不思議だナァと思うのは我が家から高速に乗れば1時間チョイで着く同じ町が電車だと違うものに感じられる。そうしているうちに林立夫氏から電話があり駅まで迎えに来てくれるというので駅で待っていたら秘書のヨシタカ君が運転した可愛らしいフランスのルノーの金魚鉢みたいなワゴンで林夫妻が登場。しかしいつ会っても肩肘に力が入っていない夫婦だ。そしてこのお洒落なクルマはなんと犬専用車であった。いや"お犬様"だなぁ。(林家では数頭の巨大から小さいのまで犬がいる。)そして今日は林家の近所の馴染みの廣寿司を予約してあるという。ウッフッフ!!!

食通ハヤシタツオの行く店はハンパではない。林さんは最近は音楽活動を再開しているが、わざわざ東京の業界人はタクシーを飛ばし、この店で林氏と飲んでタクシーで東京まで帰っていくのだ。ここからのタクシー代は推定2万円だが、それでも銀座界隈の寿司屋よりズット安くて美味しいと評判らしい。驚きなのが林家には現在業務用にマイナス50度の冷凍庫が準備されていて日本中から旬なモノを旬な時期に取り寄せて仕舞いこんであるらしい。(この冷凍庫の秘密は誰か本物の食通な人がいたら聞いてみてください。)ということで数種類のジビエ(野鳥)が持ち込まれ、また生魚にもバッチリ合う赤ワインも三本、そしてシャンペンも持ち込まれた!! なんという贅沢なぁ。店はまるで豪華ではないけれど、やたらに落ち着く。そして両隣にお父さん、お母さんが座った状態で立夫氏、厚子氏が座りスタート。出された料理は当然に素晴らしかった。林氏は肉の調理を料理人の主人と相談している。まあぁ、飲むは食うは、またまた飲むは食うは・・・・6時から始まった宴は12時まで続いた。途中で林さんが面倒を見ているミュージシャンがやってきて食事。なんと店内でアカペラでR&Bを一曲ご披露してくれた。カッコいい!! ということで驚きを超えた一晩だった。今晩、林さんに聞きたかった質問は制覇。というか聞くまでも無く、そんな事を網羅した話をしてくれて、充分に頭の中は整理されたのだ。

今日、思った事は、林夫妻はこの世で一番、ボクが成功する事を望んでくれているという事だ。アップラインに感謝だなぁ。林夫妻がいなかったら・・・・・・恐ろしいじゃないか。考えたくも無い・・・・ 最高な夜に感謝します。また話し聞かせてくださいまし。 アナタはメンターがいますか!? ボクは幸せだ。
(帰りはなんと玉田君が寿司屋に迎えに来てくれて家まで送ってくれた。乗った瞬間に意識不明となり起されたら東京の家の前であった。本当に有難う!!!!)
|
|
|
4月17日 朝は自然に目が覚める。野毛の家は信じられない事に東京なのに自然を存分に感じる。なにせ今日の朝は鶯(うぐいす)の泣き声で起きた。朝からホーホケキョなのだ! シャワーをしてバスローブをきたままでコーヒーを飲みながらメールのチェック、インターネットでサラリとニュースを見る。10時に尾山台商店街の魚屋、八百屋に買い物に出た。俺ってなんだか主婦っぽい。実は主婦願望があるのだ。ビジネスマンもかっこ良いけど主婦をバッチリこなすのもカッコいい。今日は昼に堀正樹ダブルと福井F・Eme他数人がウチにやってくる。急きょ、この三人の共同主催でラリーを開催する事になったのだ。ということで第一回のラリーの打ち合わせをする為に我が家にて集結。

(今回は運営を指揮するデブニー夫妻と波田の第二秘書の藤田、土岐ちゃんも参加) ということで集合時間が昼時なのでランチを作る。みんなで食事をするという行為は"和"が生まれて楽しい。同じスポーツをするも良いだろうし何かの時間の共有も良いが、ボクの場合は食事が特に好きだ。近所には自由が丘もあるしニコタマ(二子玉川)もあるから外食も良いと思うが自宅での食事は自分も和むし客人も楽しんでくれていると思う。食事を作る事は僕にとって楽しい作業なのだ。毎日ではないから余計に楽しめているのかナァ。実際、東京にいる時の食事は外でアポが無い限り自分で作る。決して上手ではないが、その時に食べたいものは作れる程度。ということで今日はパスタ2種類とサラダを作った。食事後はラリーの打ち合わせ。この企画は堀ダブルダイヤの提案なのだが実にグッドアイデアだと思った。今伸び盛りの堀グループはわざわざ本拠地の新潟からバス5台を貸切り毎回盛り上がるという。福井は絶好調な格闘家軍団。チームワークはピカイチなチーム。プライベートでもビジネスでも仲良くしてもらっている。さて、やはりAMのビジネスでは"表彰"という事で人を賞賛するという事は本当に大切だ。自分にスポットライトが当たるということは素晴らしい。そんな機会も作りたいしグループにゲストスピーカーの栄誉を味合わせたい。そしてそれを裏側で企画運営するという事は段取り、準備が本当に大変な労力だがヤリ甲斐はあるしそれを皆で請け負えるということは経験として重要だ。業者に依頼すれば簡単だが、それでは"手作り感"がなくなるしコストがチケット代に反映してしまう。まぁ全ての雑務を皆で楽しもうと思う。しかし進行のタイムスケジュール、ゲストの決定、予算出し、舞台のデザイン、チケットのデザイン、インフォメーション、集計、チケット送付、当日の運営、音楽の選曲、司会者との打ち合わせ、アフターの手配、ゲストの送迎から接待、会計・・・・事前にやる事も当日やる事も山のようにある。しかしそれを段取りよく皆でやり遂げると、感動もひとしおだ。ということで大分、皆の意向もわかったし、やるべき事も理解出来た。藤田はお見事なまでに皆の仕事を整理し議事記録をつくりメールで配信していた。(結構AMディストには苦手分野だが流石に元、某起業のスーパーエリートは違う。)第一回のミーティングは終了して皆の方針なども見えてきた。この企画は最低二年(年三回なので六回は続ける。従って一回目で調子がつかめれば、次回からは慣れてくるので楽なのだ。) 15時からマブダチ河名が我が家に来て"お野菜ミーティング"をした。河名はもう27年の付き合いになる。今はナチュラルハーモニーという無農薬野菜の流通を主宰し全国に農業指導に駆け回り、また韓国からも要請が来て農業指導に行っている。彼は正しい農業のありかたを伝授する代わりに、その作物を買い上げて独自の流通で会員に販売している。(当然ボクもここで野菜を入手しているが抜群に旬でヤル気満点の野菜は美味しい。)河名からの情報は本当に日本の食文化の持つ危険性を教えてくれる。その問題から危険回避をするのは自覚しかないのだ。(この話は深いし長いし激しいので今回はしません。とてもセンシティブな話題だし・・・農家が自分で作った野菜は食わない、又は自分達用の野菜は別で作っている事実をどう思う!?)いつもながらに感嘆深い時間だった。 夜は目黒オフィスで若者ミーティングをした。このミーティングは以前に書いたが服部テッちゃんEmeと沢目DDに手伝ってもらい開いている。僕もそうであったが初めて会場でマーケを人前でした事を忘れられない。そんな機会というかキッカケ、度胸付けは大切なのだ。シンノスケも古山もここでデビューが出来た。心臓が口から出そうになっていたが立派なDDになるためには必要な経験なのだ。毎回ハラハラするし、新規がいたらヒヤヒヤもする。自分がやったら一番早いと思うがそれではリーダーシップの移行にはならないしリーダーは育たない。"やってみせ言って聞かせてやらせてみ、されど人は動かん"(山本五十六)という言葉がある。(たぶん、あってる!?)人に勇気とヤル気を与えてこそ人は育つのだ。次世代、そして次々世代へのビジネスの継承は一歩ずつながらも進んでいる。人生にはその時の"役目"があるのだと思うこの頃だ。
|
●考えている!動いている!そして夢に向かって進化の"タク!"
|
3月29日(水)朝起きてから、ゆっくりした時間を過ごした。宇宙の朝ごはん・プロテイン飲んで、コーヒー飲んで、植木に水をあげて、音楽聴いて庭の緑を眺めて、携帯でメールをチェックして・・・・こんな平日の平和な朝が好きだ。ある意味、こんな平凡な朝を過ごしたくて仕事を頑張ってるのかナァ・・。忙しいという言葉は悲しい。だって忙しいとは心が亡いと書くのだ。心が無い仕事って淋しいよねぇ。さて今日は山崎拓巳FCAにランチを申し込み、スケジュールが合ったのが打診してから約三週間後の今日だった。タクは忙しいのだよ。(オレも忙しかったけど・・・・) FCA、アーティスト、エッセイスト、講演活動、もう著書も10冊目で本物の有名人なんだよね。さて今日は格闘家・福井と角田カクちゃん(東京芸大出身で山崎拓巳FCAと同じ三重県の出身)を紹介する為のランチだった。しかしタクの精力的な動きにはアッパレだ。最近、出版した"山崎拓巳の道は開ける"
(なにせ新しい著書の"道は開ける"はなんとツタヤのランキングで一位になっている。)が素晴らしく勉強になる本だった。やはり精力的に生きている分、面白い話が沢山入ってくるのだ。今日は四人で麻布の海南鶏飯食堂でチキンライスを食べた。このお店はいつかホームページで紹介するが本当に美味いシンガポール風(海南省の味というのが正しいかぁ。)で美味しい店なのだ。そして面白い情報満載な会話の時間だった。なんと言うか、タクは本当に何かをいつも考えて行動し、何かに向かっているのだ。会うほどに自分のモチベーションが上っていくのを感じられる。進化するヒトはカッコいい! その後、ちょうど近所にいたので、麻布十番のマンタニ・グループのヘアデザイナーにしてFDDの鈴木マキちゃん宅(というかアトリエ)を突然に訪問させてもらった。(電話もしないでセールスマンみたいにいきなりピンポンした。ゴメンナサイ!) このアトリエは本当にセンス良く使われている。(マキさんはタクFCAのヘアーカットもしている。)本当に信じられないが六本木ヒルズから三分の長屋(本当に長屋)で一階を美容のアトリエにして二階が住居になっているのだ。東京にはまだこんな下町情緒満々な場所が沢山残っているが、家の前の下町的な路地からの風景に、そびえ立つ六本木ヒルズのビル郡を見上げると感動する。東京はメトロポリタンなのだ。本当にいい迷惑だと思うがマキちゃん宅も角ちゃんにも見せてあげたくお茶をさせてもらった。とてもレトロ感いっぱいのこの部屋はやたらに居心地が良いのだ。マキちゃん、本当にありがとうございました。そして角ちゃんとは解散。せっかく六本木まで来たので大好きな複合店舗のアクシスの中の雑貨店のリビングモチーフで数冊の洋書を購入したり、便利キッチン・グッズをチェックした。その後は一度、野毛の家に戻り山盛りの事務仕事をした。手紙を数通、メール返信を数十本、旅行社との7月の北欧旅行の打ち合わせ、4月のスケジュールの調整と決定、ウェッブデザイナーのウマ君との新規の携帯サイトの打ち合わせ・・・・・・やることはいっぱい。軽く和定食を食い目黒オフィスのミーティングの準備をして出かけた。夜はLM(リーダーミーティング)が20時から目黒オフィスで行われた。波田は結構しゃべったぞ。というか本当に幸せだと思うがこうやってリーダーミーティングで人前で、しゃべっていると自分の考えが色々とまとまってくるのだ。当然に話す内容はある程度は決めておくが、結構、そのときに急に感じた事とか経験を話すパターンが多い。今日も沢山のグループや他系列でバッチリと盛り上がった。パーソナルの面々は最近、フォーカスがピタッと合ってきている。シンノスケは立派になってきたし古山グループもだんだんと意識が高い人間が増えてきている。陽介もメグもいい感じ。エミも爆発! そろそろ次の系列も考えなくては!! 明日からパーソナルレッグ増強キャンペーンでもしよう!! 夜寝る前に最近は今日会った人への感謝を思い出して寝るようにしている。なんだか良い睡眠が出来るんだよね。今日も多くのいい人との出会いがあった。ありがとう!!!
|
●成功の証"イリモトタワー"は札幌新名所! おめでとう。新しい生活!
|
2月21日(火曜)午後の便で千歳に飛ぶ。いつもこの季節の北海道はスノーボード三昧とミーティング(あくまでもミーティングが主でス。)というコンビネーションなのだが今回は右足靭帯損傷の関係でスノボーは中止。歩くのもまだ不完全なのにスノーボードみたいに無理な体勢を取って超危険の代表的スポーツをしたら間違いなく事件となる。しかし札幌行きは決行! 夕方にイリモトが千歳に迎えに来てくれてそのまま札幌に向かいイリモトタワー(本当は何やら三井ナントかパークタワーみたいな名前があるが業界では総じてイリモトタワーと呼ぶ。きっと他の住人が聞いたら好い気はしないであろうが、その方がわかりやすい。)を訪問。札幌も東京の昨今のブームの様な高層豪華マンションがどんどん出来上がっているが、そのなかでもひときわゴージャスで素晴らしい立地条件なのが、このイリモトタワーなのだ。

リビングの窓からは遠くにオホーツク海(いや、日本海かぁ、ベーリング海だったかなぁ!!まぁ海です。オーシャンビューです。)が見え、山々には真っ白な雪景色。そして素晴らしい朝日も見られて夜景もある。大自然の中の大都市、札幌の周りに一切のさえぎる物が無い景色ですよ!まさにパノラミックな窓が天井から床までドドーンと広大なリビングをより広く見せている。イリモトはきっとこの窓の前で腰に手を当ててプロテインを飲みながら(シルクのガウンでブランデーの方がいいかナァ・・・)眼下の庶民を見ながら自分の達成を認識するのであろう。"グビィー! フッハッハッハッハ!!"とか笑って。後ろには可愛い新妻クミちゃんと愛犬モヌが、そのプロテインを飲み干す主人の凛々しい後姿を見てこの人生に間違いは無かった、今日こうして幸せなのはこの男のおかげだぁ・・・と"功名が辻"の主人公・伊右衛門の妻の千代(わからない表現でスンマです。アゲマンな妻の代表)みたいな空気で夫をみているのであろうか。スミマセン、どんどん話が脱線してきた。さて今日、ここに波田がやってきたのはワケがある。なんてそんな大層な用事ではない。このかっこ良すぎるイリモトタワーの新居のインテリアの仕上げにやってきた。

家具類は東京のタイム&スタイルに担当してもらったのでスマートな仕上がり。あとはヌケの部分で"一面の壁をデザインして、大小約15の額(フレーム)を無造作に並べて、その中にイリモトらしい写真などを入れてなんちゃってアートをする。"という企画の遂行がお役目なのだ。フレームはすでに計算して東京の業者に依頼して出来上がり届いている。中身は今日、明日の二日間で作る。こんな豪勢マンション、そして沢山の人目に触れる場所(イリモト家のリビングの人の出入りの数はススキノ繁華街のちょっとした店よりよっぽど多い。それに恥じぬ作品にしなくては・・・)ということで作業の準備をした。数時間で終わる作業ではないし時間が来たので19時からのAMプラザでのミーティングに向かった。きょうは波田のLMということで1時間バッチリとしゃべった。なんだかこの札幌のプラザは本当に話しがしやすい。参加者とステージの近さ、距離感が良いのか、参加している札幌ディストリビューターの品位の高さなのかナァ。とにかくお役目は果たしましたよ!!という満足感。アフターはお洒落な和食屋で食う。焼酎飲んでいい感じに仕上がり早々にイリモトタワーに戻りフレーム取り付けの作業に入った。夜中にヘッチャラでフレームを引っ掛けるフックを釘でガンガン打ちつけて取り付けた。こんな大胆な作業も焼酎にゆだねるところが大きい。酒は明らかにオレを強気、かつ大胆にしてくれる。入れ替わり立ち代りイリモト邸には人がどんどんやってきた。ホラホラやっぱりススキノの店より出入りが多いじゃない! しかし、かまわず作業。そしてドンドンと飲みながら作業。こうなると少し位のズレ、曲がりも芸術に見えてくる。

深夜まで宴は続き馬鹿話をしながらの作業は楽しかった。その晩はイリモトタワーのゲストルーム(ホテルみたいな部屋がマンションに完備されているのです。)で就寝した。当然ヘロヘロでゴキゲンな夜だった。
翌朝に起床してまたフレーム作成の作業に取り掛かる。その間イリモトはお手製の"愛の和定食"を作ってくれていた。(新妻クミちゃんは仕事で東京へ)その和定食は抜群な美味さ!!イリモト作の美味しい味噌汁を飲みながら、オレは腰に手を当てて雄大な北海道の日本海だがベーリング海、いやオホーツク・・・・を見ながらこんな形でイリモトの新しい生活のお祝いが出来て幸せを感じた。その後ろは新妻でも愛犬でもない朝食の納豆のネギを刻むイリモトだったが。
今、気が付いたが本当は新妻クミちゃんとイリモトのホゲホゲ話とお祝い話を書こうと思ってましたが、こうなってしまいました。またいつかこの素敵な夫妻の話をします。
|
|
|
2月15日(水)朝は慌ただしく準備。と言ったって会社に定時に向かう人から較べたら楽チンだ。10時半の目黒オフィスのミーティングなので家を出るのは9時45分、そしてクルマで向かうので10時15分には着いてしまう。ミーティングは10時半から開始。本当に朝のミーティングは毎回、違った展開で面白いのだ。アフターの食事も様々な人が毎回来ていて8人から10人と中華料理の円卓を囲む。話題は実に毎回様々だが、結婚前の仕事と現在の仕事、ダンナの話、近所の珍しい井戸端会議的話などが多いかナァ。まぁとにかく同級生と会っているときの話とは全然違って面白い。みんな様々な生活をしながら世の中の状況を見ている。確かに子育てをしながらの女性の仕事環境は相当に厳しい。子供を預けての仕事には完全に限界があるし援護者がいなくてはまず難しいのが実情。そんなことを理解、体感している人達にはAMの仕事は魅力的なのだ。しかし大好きだった目黒駅前の上海園は時代の流れには逆らえず閉店となるらしい。なんやら駅前の再開発でビルを建て替えるらしく、家賃も上って、とてもではないけれど経営出来ないのだそうだ。ということで殆んどの店員は解雇! あぁ淋しい。夕方には渡辺正人氏が野毛の新居に表敬訪問してきてくれた。正人氏はとてもスタイリッシュにして清潔好きなので来るに当たって掃除と整理は何故か入念となった。新居をお褒め頂きウレシイ。そして夜はご奉仕ミーティングに千葉に向かった。これは男"室町"への謝礼だ。話せば長いが12月の初旬に欲しいものがあった。皮のライダーズジャケット(バイク乗り用のジャケットで丈が短く襟がスタンドになっていてピッタリしたデザイン。)がとても欲しくありそうな店は何軒かチェックしたが、これだ!というのは無かった。後日、オフィスでミーティングをしていたら参加していた鎌倉君というDDが正に欲しいそのままのジャケットを着ていた。そしてブランドを聞くとアメリカ製の"ショット"であるという。"ちょうだい"の要求には"だめ!"と当然の答え。実に想定内の答えだが聞いて見なければわからない。鎌倉君の答えは実に自然で当たり前だ。そして数日後のAM本社でのミーティングでの事、一緒に南米のマチュピチュを旅した室町R、DDが来ていた。室町は元、自衛隊に所属していただけあって律儀で、そしてすごい筋肉質な体格をしている。極真カラテは初段(極真の初段は強力)の実力。しかし話すとものすごく優しくいい奴! その室町がナントナントナァーント、欲しいそのままの"ショット"のジャケットを着ているではないか!!そしえその古着感も抜群! そこで一応聞いてみた・・・・その"ジャケット・・・ちょうだい、いやぁ売って! いやぁ何かと交換して!"の答えに快く"イエス"と快諾。(たぶんこの表現は相当に波田に都合よく表現されていると思う。)なんと古着っぽいが10年間も着て自分で古着化させたらしい。とにかくイイカンジだ。という経緯があり、なにか恩返しとは思っていたが、やはりご奉仕ミーティングはとりあえず大切と考え実行日が決まり本日に至ったのだ。市原駅までは電車で向かった。そしてリーダー(というか親分)の格闘家集団の福井F・Eme御一行が迎えにきてくれた。いかつい男数人の駅前での出迎えは実に不思議な気分だ。(オッスの号令での出迎えだけは止めて欲しい・・・・)会場は彼らのオフィス(グリーンピース)。なんと駅前にも関わらず趣味のバー経営で週1回しか営業をしていない。店主のケンシローはスノボーフリークだ。ミーティングには約70〜80人の福井グループの人が参加していた。(ちゃんと数系列の波田グループも参加していた。)LMと言うことで最近、色々と考えている事を話した。初心者向けにもしゃべった。(たぶんミーティングは盛り上がった。)そして終了後にはアフターが用意。このグループのアフターは正直怖い。だいたい"ダイエットなんてクソ食らえ"的な食欲に毎回ビビル。この前のミーティングのアフターは超ヘビーな台湾料理だったので、深夜のヘビーな食事は勘弁との希望を述べたところ、美味しいしゃぶしゃぶ屋だというので行った。それは深夜にはヘルシーであるという講釈。(・・・・・・?)そして地元のお店というのは大手焼肉店"牛角"の経営する店だった。とのかく、とても楽しい時間だった。しかし深夜12時からスタートした宴は2時近くまで続いたが、さすがの福井グループだけあって(福井は格闘家、グループもそんな奴が多い。)とにかく燃費最悪に皆、太い食欲だったなぁ。だいたい深夜12時から貸し切り食い放題にしているグループというか団体って見たことない。見ているだけでお腹がいっぱいになってきたぞ。まぁ、本当に付き合って気持ちがいい奴らで、これからも末永くヨロシクって感じです。 オッスゥ〜〜〜(おっ!洗脳されてる!)
|
●平日スノボーは平和な証!しかし"靭帯損傷"が痛たぁたぁたぁ!!
|
2月9日(木)朝6時半に談合坂で集合してスノボー日帰りツアーに向かった。毎年1月から三月の三ヶ月間は東京にいるときは数回、エコーバレーに出かける。スノボーの楽しみ半分とアフターの居酒屋"福よし"半分である。この行事は参加者全員の共通のお楽しみで、毎年数回の恒例行事となっている。何人だって楽しいけれど今回は数人のスノボー仲間にメールで集合場所と時間を決めて連絡した。そして当日集まった数は35人。ちょっとした団体旅行だ。(しかし平日にこの人数は謎だ。)エコーバレーは東京から約3時間、長野県の諏訪インターチェンジから上がる事40分のロケーション。今年はやはり例年より積雪量が多いのか途中の道でチェーンを装着しなくてはならなかったり、少々面倒だ。普段チェーンなんて巻いた事がない玉田号はメルセデスのワゴン。FR(フロントエンジンリアドライブ)は通常後輪にチェーンをはめるが、何を思うか玉田は前輪に巻いて車道をダンサーのようにクルクル旋回していた。(そんなことやってたら時間は永遠にかかるのだ。)エコーバレーは晴天率95%という抜群の気分よさ・・・・・が通常だが今日は少し吹雪いていた。5%の確立な事なので、それを楽しみたい。午前中は絶好調に楽しめた。ゲレンデもコンディションよろしく楽しい時間になった。そしてランチを13時半に皆で待ち合わせていたので、最後の一本を降りるところで不幸な事件は起きた。元々のスピード狂が災いしたがスキーヤーとクラッシュしてしまった。相手はいきなりコースの狭い場所で後方を確認しないで深いターンを切ってきてとてもじゃないけど回避出来るスピードではなく、そのままクラッシュ。(とても自分は冷静でその瞬間の被害者になるか加害者になるか選択をした。)右足靭帯が雪面をグッサグッサと4発刺して止まった・・・・当然に相手のスキーヤーには猛剣幕で怒りをぶつけたがどうしようもない。そのまま救急隊のスノーモービルに乗せられて下山し、救急室に運び込まれて応急処置。しかしその救急室の準備されている薬品庫を見たら入っているものは"正露丸""マキロン""バンドエイド"あと"ムヒ"らしきもあったかなぁ。しかし今回のオレの治療には役に立ちそうにないシロモノばかり。結局、係員はスーパーのビニール袋に雪を沢山入れて、それで冷やしてくれた・・・・・文句言うつもりはないがねぇ。さすがに午後はスノボーは断念してふもとの食堂で皆を待っていた。淋しい・・・なんだか淋しい・・・・4時近くにみんなで下山して白樺湖の温泉に寄った。普段の一日バッチリ滑った充足感は残念ながら無い。なんだか不完全燃焼な気分と治療への不安でテンションは低め。そしてそのまま一路、中央高速を走り山梨県甲府市の"福よし"まで向い7時から待望の宴会となった。しかし今回はこの人気店、20人しか予約が入っていなくて、仕方が無く20人の席に35人が座る超濃厚人口密度な宴会となった。またみんなで座敷に座ると気分もアップして、よせば良いのにビールで乾杯!!よせば良いのに焼酎をグビグビ!!気分は最高になって宴会は終了した。そのまま飲酒をしていない、有り難い運転をしてくれる大熊がドライブして東京に戻った。車中は平和だった。というか寝ていた・・・そして家に帰り荷物を降ろしてもらいなんとかベッドにたどり着いて早々に床に就いた。普段寝ているイタリア製介護ベットは足を少し上げて寝ると快適。しかしまたまた不幸は夜中に起こった。深夜にドォ〜〜〜〜ンと右ヒザの鈍痛が・・・・もう起きたくても起きれない。足は他人になっている。
2月10日(金)やっとの思いで起き上がる。普段3,5秒で終了する動作が5分以上かかる。ひょっとして入院とかギブスなんて考えたくなかったが万が一を考えて無理して入浴をした。本当に痛い!!!これはピンチと思い病院に行く事を決断。外科医の友人に聞いても接骨医に聞いてもとにかく診察をせよとの指示。そりゃそうだ!!ということで信頼ある近所の中規模な病院に行った。近所の大規模な病院はヤブ中のヤブで信用できない。数回にわたり殺されそうになっているので避けた。(それはT病院である。)MRIを撮って診察したら病名は"内足靭帯損傷軽度1"ということで全治三週間。ギブスが通常である。しかし断じてギブスは拒否した。日常生活考えたら無理だ。家に帰って困り果てていたとことで玄関に誰か来たと思ったら、なんと家具の配送業者さんが先日に注文した憧れのイームズのラウンジチェアー(ハーマンミラー社)を搬入してくれた。

リビングに置かれたラウンジチェアーは正に今回の改装の目玉的、そして人生上、この一人がけソファーの存在意味は色々あるのだ。いつかはラウンジチェアーと思い決断したが、この内足靭帯を損傷した翌日にこの病状で座るとは・・・・しかしすわり心地は抜群であった。この痛みを和らげるためにこの椅子はこの家の存在するのか。なんだか靭帯に優しいすわり心地。その後またまたハプニング。昨日一緒にスノーボードに行った玉田君が連絡があり病状を心配してくれて、症状を話したら横浜の反町に素晴らしい整骨の先生がいて、彼の奥さんも10年間の腰痛を二回の通院で完治させたとのこと。ということで神にもすがる勢いで連れて行ってもらい治療してもらった。わずか20分の治療であったが涙は1リットル位出たかナァ・・・・治療が終了した後に院長先生が正座をしてみろという。絶対に無理だと思ったら何とか出来てびっくり!!自力で立てて軽いジャンプも!!そして階段の上り下りまで出来た。まさに快挙の一言だ。東洋医学の神秘に触れる瞬間だった。その後、あまりの嬉しさに本牧の李園でトマトタン麺を皆で食い"宴"とした。(旧友のマイクと偶然に会ってビックリしたぁ!いつもとんでもないところで偶然に出会う。)なんとも不思議な日だった。そして右ヒザの傷みは95パーセントまで回復出来たのだ。やっぱり人間は健康が良い!! コレ一番だと思う。本当に健康って素晴らしいよ! あなたも事故したらこの気持ちがよくわかる。
|
●最近の若ものはぁねぇ!!・・・・すごいよ!! 二十代はスゴイ!
|
1月13日(金)来週から新居への引越しなのでその準備が忙しい。(そうだぁ!忙しいとは心が無いと書くから、あまり感心する文字ではないのでやる事が沢山あると表現しよう。)とにかくダンドリーマン・ケージローは下準備に明け暮れている。9時半に世田谷区野毛の新居の書斎にインターオフィス社がハラーシステムを設置しにきたので立ち会った。(このスティール家具のユニットは宇宙一美しい製品。デザイン性、機能性にここまで完璧なものは珍しい。デザイン事務所でもスタジオでも、あぁカッコいいなぁと思うオフィスへの導入率はとても高い。もちろん住居にも申し分なし。難点は・・・・高い!しかし組み替えが出来るから一生モンと考えれば安いナァ)既に新居の工事を請け負う業者の職人さん達は作業に入っていてバスルームの改装やキッチンなどの工事は佳境に入っている。10時半からは目黒オフィスでの定番ミーティング。宍倉久美ちゃんエメラルドと月一回行っているが、相当に面白い。久美ちゃんはAM歴は長いがエメラルドを達成した後に8年間子育て休暇をしていた。しかしその間もAMで構築したビジネスは進展していて親戚のオバさん一族はDDザクザク輩出してオバ夫妻はダイヤモンドカウントに入る勢いに発展したりと、まさに権利収入的な収入を取り続けていた。そして彼女は子育てもヒト段落ついて一昨年に復帰!!またまたビジネスは強力に進化を始めたのだ。 そして今日は豪勢にも金田位世子EXがグループのお洒落なビジネスマンと参加してくれて、盛り上げてくれた。彼女のスピーチで参加の主婦(というか人妻)は完全なる一体化していた。位世子婦人は恐ろしく妖艶でカッコいい。以前、派手な人の多いニコタマ(二子玉川)で偶然出会ったとき150メートル(少しオーバートーク、本当は45メートル程度)離れたところから、認識出来るほどに美しく存在感があった。美しさを捨てたオバハンは位世子夫人を見たら何かを感じて反省し、自分に変化を与えるであろう。ミーティングはとにかく素晴らしい盛り上がりだった。その後、参加していたグループの人々で目黒駅前の上海園にて中華ランチをした。円卓を10人の主婦と一人のオッサンが囲む姿は世間様から何の"集い"と映るであろう。まぁ世間からの写りなんてどうだっていいのだけど・・。その後は麻布商店街の中のマキチャン宅(美容師、波田グループのDD、山崎たくみFCAの専属美容師)の新しい麻布十番の長屋の自宅&アトリエを訪問。実は波田家に80年位昔からあるソファーのサイドチェアーとマホガニー材のテーブル(双方祖父さんからの遺品)を預かってもらいに行った。彼女のレトロな空気のアトリエにはそれらの家具はビッタシ! ボクは結構沢山家具を持っているが、使わなくなると捨てるわけにもいかないしで人に預かってもらっているモノが沢山あるのだ。その後、赤坂経由で雑用して東急ハンズでステンレスバーを購入(これも新居の地下の帽子、カバンを整理するための発案)、AM本社でプロテイン購入(切れると事件になる!風邪に似た症状を感じるが気のせいと信じプロテイン大量投与で菌に対抗する身体を作ろう!) 岡本の家に特急で戻りクイックシャワーして藤田が迎えに来てくれて、再び野毛に現場視察に行き、そのまま6時開場を目指して目黒オフィスに向かう。今日は服部哲二エメラルドにゲストをお願いしてのスペシャル・ミーティングなのだ。テッちゃんは若干24歳だが、ビジネスをスタートしたのが21歳、そして23歳でエメラルド。ついこの間まで高校生だった若者が何を語ってくれるかが興味津々なのだ。ボクのグループの若者も大いに影響を受けていていつもながらに感謝している。マーケとLMっぽい話をしてもらったが、様々な事を勉強しているし自分で体験した事を交えてえて話す調子は何にも臆する事なく、実に凛々しい。来ている参観者は20代から60代まで、そしてダイヤモンド以上も沢山、聞きに来ているというのに・・・(これまたスゴイ事だが参加者の年配者、ハイピンもしっかりとφメモを取っている。) 今は社会状況的に就職など決して昔と較べて良いとは思えない。しかし、それは僕たちの過去の経験と較べてだが20代の若者には不景気感なんて全く感じてない。ある意味、過去の社会通念などブチ壊れた現代に発想が軟らかい20代であることがラッキーとも思えてくる。テッちゃんの人生への真剣なヤル気は本当にモチベーションとなった。今の若い者は・・・的な批評をするオッちゃんも沢山いるが、いつの時代も様々な奴がいるのである。そんなオッさんだって20代の時には年配からそんな風に言われていたに違いない。外見だけ見たらテッちゃんも鼻ピアスに穴開きボロボロジーンズというルックスだが外見と内面は全く関係ないのだ。(仕事出来そうな格好してアホなんていくらでもいる。)とにかく様々な感動と気付きを得ることが出来たミーティングになった。これからも吸収させてもらいます。そしてアフターは皆でお気に入りの"焼き鳥屋・鳥繁"で飲んだ。テッちゃんグループの面々も本当にいい奴だし将来をしっかり考えている奴が多い。小針君なんてナイスキャラすぎる。しかし冷静に考えてオレ、47歳・・・・24歳違いの若いジェネレーションとアホ話をして、人生を語りあい刺激しあえるってすごい事だよなぁ・・と痛感した。この仕事、面白い!!!本当に面白い!!!
|
●色々と御紹介いたしましょう!皆さんにお世話になってます。
|
1月6日(金)朝は自然に目が覚める。目覚まし時計で起きるのは週に何回だろうか!? 9時半にケニー先生(※―1)が我が家に来てくれて英語レッスンを1時間。(ケニーは見た目には日本人だが完全なアメリカ人で某有名英会話学校の主任教師、週1回のペースでボクに英語を教えに来てくれる。数年前のある時、しっかり英会話を学びたくなった。しかし登校は難しい。そして友達の超有名外国語学校(優良企業はおしなべてこの学校を支持する。)の事務職の女の子に英語家庭教師のアルバイトを聞いてみた。"ウチの近所で我が家まで教えに来てくれて、定期的だと辛いので毎回次のレッスンのアポを決められる位に自由、そして授業料はその学校の半分・・・・そんな先生はいないかなぁ!?"と聞いたらやっぱり出会えるんだよねぇ。そしてケニーに会えて今に至るのだ。あ〜有り難い事である。毎回のレッスンは楽しく最初の30分は最近の出来事の会話。時事問題は難しい。政治も経済もまだまだ辛い。後半は時々テキストを使ったりするのだがとても楽しく学んでいる。 さて今日から新しい世田谷区野毛の引越し先の契約が始まり、まずは改装工事に入るのだ。今月末に岡本から野毛に引越しなのでなにかと忙しい毎日だ。(10月に売買契約が成立したが受け渡しを1月下旬まで待ってもらっている。今回は購入ではなく賃貸契約なのにオーナーの了承を得て改築をする。その改装は出る際に復元の義務は無く、オーナーの方も工事を納得してくださって、なんと家賃まで下げてくれた。なんというラッキー。)19日に引越しなのでその間にバスルームの作り変え、キッチンのレンジ交換(オーナー婦人は料理が上手らしくハイバーナーグリルが設置されていた。これだとクインクックは丸燃えするので、大好きなアメリカ製マジックシェフを導入) 新しい棚類の設置、ペンキ塗りなどを突貫工事で行う。

施工をしてくれる(有)ビスコの鈴木君はAMつながりで信用は出来るので安心。(※―2(有)ビスコ)鍵を先に到着した大工ハマー(※―3 )に頼んだ。僕はあとから出かけて打ち合わせ。ランチは家で水道屋ヒロキ(※―4)と共にAMラーメンを食った。(このラーメンは本当に美味い。一手間加えたら完璧だと思う。)家を渡す前に気がつく箇所はやはり完全な状態にして渡したいので水道も多少の疲労感があったので修繕をした。午後にコジマ電器でGEの冷蔵庫の清算をした。話せば長いが新居は外人住宅なのでアメリカサイズのGEしか合わない。ということでコジマ電器でアメリカ製GE社の巨大冷蔵庫を昨年末に購入。正価26万円が一声で19万円で成立、しかしインターネットで同型が18万円を発見するとイキナリ、18万円に値下げ。そしてコストコで16万円で同型が販売していた事を告げると今度は16万円にまで値下がり!! いったいモノの値段はどうなっているんだろうかぁ!? 最初からその値段にしろ!!!! その後、家に戻ったが書斎は空き巣に襲われたのごとく荒れ果てていてシゴトなんて出来る状態ではない。 夕方にニコタマのジムで二時間の発汗をしてから着替えて、8時に税理士の林先生と待ち合わせて食事をした。昨年までの様々な事柄のお礼をして、今後の税務対策のご相談。林先生と会話していると本当に勉強になるんです。ボク以上にボクの税務の事を親身に考えてくれていると実感。有り難い事だ。その昔、安積CAに"お仕事は経理が要やねん。(関西弁で商人っぽく!)"と言われてビジネスの基本は経理であり、苦手ならば有能な人間を探して雇えと教えられて今に至るが、その教えは本当だった。(エメラルドからのお付き合いになっている。)今回もとても面白い時間だったなぁ。先生!これからも波田をよろしくお願いします。ということで皆さんにヨロシクされて生きていると実感する一日でした。
《今月はご紹介特集!!》
※ ―1 ケニー先生の個人レッスン。二子玉川から20分圏内の方ならばご紹介します。 (ただし午前中)彼の仕事はプロです。またキャリフォルニア出身なのでカッコいい英語です!
※ −2 (有)ビスコ 社長 鈴木氏は総合工務店、新築もするし改装もする。社長の小回りの利き具合は抜群。仕事に気持ちが入っているのは流石にAMディストのなせる業。(エメカウント中)
※―3 本名は濱田君(濱憲工務店)通称、大工(デェク)ハマー。波田家お抱え指定大工、本来は宮大工の腕を持ち海外出張とかもしてフロリダで日本庭園の橋とか釘を使わずに作ってしまう。作業は大工仕事の領域を超える器用さが素晴らしい。"誠意、誠実"という言葉が似合う大工さん。賢人は"医者と弁護士とは仲良くしろ"というがボクはそれに"税理士"と"大工ハマー"を付け加えたい。え〜シゴトしますぜ!
※―4 水道屋ヒロキ! 絶対に素人が真似を出来ないのが水道屋。困ったときの水道屋! とにかく助かる。領域は東京西地区、神奈川東地区位かなぁ。(勝手に書いてます。)浄水器取り付けから水道修理全般。
それぞれの方々は直接ご紹介します。コンタクト取りたい方は toki@pv-bv.comまでドーゾ。
|